ヤーコプ・ウルマン
From Wikipedia, the free encyclopedia
デビュー前は様々な職を転々としながら、ヨルク・ヘルヘットとフリードリヒ・ゴルトマンに師事。ジョン・ケージの晩年の文通相手(WERGOのライナーノートを参照)であり、ケージの作品を確定楽譜にしている。
初期の作品(「弦楽四重奏のためのコンポジション第一番」(1985年)など)の作風はポーランド楽派のクシシュトフ・メイエルからの直截な影響下にあったものの、ルイジ・ノーノ後期の試みに心酔してからはピアニシモの音色を一貫して使う作風へシフト。1988年[1]と1991年[2][3]のドナウエッシンゲン音楽祭に招かれた。1980年代末からヴァンデルヴァイザー楽派を先取りする試みを行っている。
1993年に来日し、京都ドイツ文化センターにてレクチャーを行ったほか、日独現代音楽演奏会で「弦楽四重奏のためのコンポジション」(松永みどり弦楽四重奏団)と「フルートソロの為のコンポジション」(近藤亜紀)が日本初演された。1995年にはピアノ独奏の為の「想像上の音 第二番」が徳岡紀子によって日本初演されただけではなく、1998年にも彼女のリサイタルで再演された。