ユコス
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ユコスは1993年4月15日に新興企業家ミハイル・ホドルコフスキーによって設立された。ユコスは石油の世界生産量の2%、ロシア国内生産量の20%を生産する、世界最大級の非国営石油会社の1つであった。ユコスの資産は1990年代初めの、企業民営化プロセスの間にロシア政府内部で論争の的となっている状況下で得られた物である。ロシア語の略称は会社設立の際に、統合した主要な企業の名前に由来している。
主要株主はオフショア金融センターに設立された持株会社Menatepであった。ホドルコフスキーはアメリカのテキサス州に石油採掘会社ユガンスクネフチガスを設立している。
2003年4月にユコスはシブネフチと合併する契約を行った。この合併により世界第4位の石油メジャーが誕生するという計画だった。しかし、合併は2003年10月にユコスCEOであるホドルコフスキーの逮捕の後すぐに取消された。
事件
2003年6月末、警備部長アレクセイ・ピチューギンがロシア最高検察庁に二件の殺人未遂容疑で逮捕・起訴された。7月3日には、ユコスの株式61%を握るメナテップ・グループの会長プラトン・ペジェフが詐欺罪で逮捕された[2]。 2003年10月にユコスCEOであるホドルコフスキーは所得税、法人税等の脱税及び横領容疑により、ロシア政府に逮捕された。ホドルコフスキーが逮捕されると、創業者の一人であるレオニード・ネブズリンは直ちにイスラエルへ逃亡した。彼はロシア・ユダヤ人会議の会長であり、2001年から上院議員に選ばれ、「政界から退場する」というプーチンとの約束を反故にしていた[3]。また、ユコスの共同所有者で取締役会長のセルゲイ・ヴィクトロヴィッチ・ムラヴレンコはロシア連邦共産党から出馬して下院議員に当選していたが、ホドルコフスキーはユコスの株主を通じて共産党に献金したと主張した[4]。2004年7月に、ユコスは追徴税の支払いのために負債を負った。本社ビルが差し押さえられ、封鎖された。ロシア政府はユコスが1990年代に租税負担を縮小する目的で、ロシア国内のタックス・ヘイヴンを悪用したとしてユコスを非難した。実際には国外の悪用もあった[5]。ユコスは破産を防ぐ目的で、政府に3年間で80億米ドルを支払う申し出を行った。
なお、この「脱税」事件は不当であると、アメリカ及び欧州議会から抗議が行われている。