ユニバーサル・アクセス権
From Wikipedia, the free encyclopedia
イギリスでは1990年代に入ってから、ルパート・マードックが経営しているアメリカのメディア企業「ニューズ・コーポレーション」傘下の有料テレビ局であるBスカイB(現・Sky)が、加入者を増やす目的で、高額の金額でスポーツ中継の放映権を相次いで独占した。これにより、様々な事情で有料テレビ局に視聴料を払いたくない或いは払えない視聴者は該当のスポーツ中継が視聴出来ない事態が発生した[1][2]。
この事態を受けて、イギリス政府は1996年に放送法を改正し、国民の関心が高いスポーツについては、Ofcom(英国情報通信庁)が「クラウンジュエル」と言われる特別指定行事と定め、有料テレビ局による独占放送を禁止することになった。行事についてはAとBの2つのグループに分けて、Aグループとなるオリンピックやサッカーの国際サッカー連盟(FIFA)ワールドカップの決勝トーナメントと欧州サッカー連盟(UEFA)の決勝トーナメント、テニスのウィンブルドン選手権や競馬のダービーステークス、ラグビーのワールドカップなどでは原則として有料テレビ局での独占放送を禁止させ、95%以上の国民が視聴できる地上波テレビ局での生中継が求められる。Bグループとなるクリケットやゴルフの全英オープンなどでは有料テレビ局での独占放送を認めるが、地上波テレビ局によるハイライト・ダイジェスト番組の放送を義務づけることになった[1][2]。
この方式は後に欧州連合(EU)全体の取り組みとなり、特別指定行事の対象となるスポーツもEU加盟国に合わせてカスタマイズされている[2]。EU法上では、この仕組みは一般に「ユニバーサル・アクセス権」という名称ではなく、視聴覚メディアサービス指令(英語版)(AVMSD)第14条の「社会にとって特に重要なイベント」(events of major importance for society)に関する制度として運用されている。加盟国は、独占放送によって公衆の相当部分が無料テレビで当該イベントを視聴する機会を失わないよう、対象イベントの一覧を作成して欧州委員会に通知することができる。欧州委員会は、加盟国の措置についてEU法適合性を審査した上で官報に掲載しており、2026年2月時点ではオーストリア、ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、ポーランドの措置を公表している[3][4][5]。
この制度は実際に運用されており、欧州委員会は2024年にフランスの追加指定をEU法適合と判断した。また、FIFAおよびUEFAがベルギーやイギリスの指定措置を争った訴訟では、EUの裁判所は、加盟国にはどの行事を「社会にとって特に重要なイベント」とするかについて一定の裁量があり、無料テレビによる広い視聴機会の確保は情報へのアクセスという公共利益によって正当化され得るとした[6][7]。
一方でこの制度は従来、放送中心に設計されてきたため、ストリーミング配信への適用には限界もあり、イギリスのOfcomは、2024年パリオリンピックの時点では既存のlisted eventsルールはDiscovery+の配信には適用されないとしていた[8]。その後、法改正により、2026年からストリーミング配信についても規制の対象となった[9]。
韓国では2007年にユニバーサル・アクセス権が導入され、オリンピックやFIFAワールドカップは全世帯の90%以上、ワールド・ベースボール・クラシックは75%以上の視聴確保が義務付けられた[9][10]。しかし、衛星放送・ケーブルテレビ放送局のJTBCによるオリンピック及びFIFAワールドカップの独占放送を防ぐことが出来なかったことから、同国内で物議となった[11][12]。
アメリカでも同様にオリンピックを始め、民放テレビ局による各種スポーツ中継放映権の独占化が進んでいるが、ヨーロッパとは違い、多額のスポンサーによる収入で無料放送を維持していることもあり、問題視されていない[注 1][2]。
日本では2022年3月に日本代表の2022 FIFAワールドカップの出場が懸かっていたアジア3次予選(対オーストラリア戦)の独占放映権をDAZNが[注 2]、2025年8月に2026 ワールド・ベースボール・クラシックの独占放映権をNetflixがそれぞれ獲得したことを契機として、イギリスと同様の法整備やシステム導入を求める意見がある[13][14][15][16]。
脚注
注釈
- ↑ 過去にユニバーサル・アクセス権に関する法律が制定されていたが、有料テレビ局のHBOが言論の自由違反であると提訴し、裁判所によって無効と認められている。
- ↑ これは日本の各地上波テレビ局が放映権料の高騰を理由として、該当試合の放映権購入を断念した経緯がある。
出典
- 1 2 3 脇田泰子 (2012-03-31). “スポーツ放送の発展とユニバーサル・アクセス権”. メディアと社会 (4) (名古屋大学大学院国際言語文化研究科). https://www.lang.nagoya-u.ac.jp/media/public/mediasociety/vol4/pdf/wakita.pdf 2022年4月11日閲覧。.
- 1 2 3 4 “【スポーツbiz】テレビで人気競技が見られない!?”. SankeiBiz(サンケイビズ) (2015年7月22日). 2022年4月11日閲覧。
- ↑ “Audiovisual Media Services Directive - content & distribution rules”. Shaping Europe’s digital future. European Commission. 2026年3月9日閲覧。
- ↑ “Directive 2010/13/EU (consolidated text)”. EUR-Lex. 2026年3月9日閲覧。
- ↑ “Audiovisual Media Services Directive - application & implementation”. Shaping Europe’s digital future. European Commission. 2026年3月9日閲覧。
- ↑ “Commission Decision of 24 June 2024 on the compatibility with Union law of the measures to be taken by France pursuant to Article 14(1) of Directive 2010/13/EU”. EUR-Lex. 2026年3月9日閲覧。
- ↑ “Press Release No 9/11: FIFA and UEFA v Commission”. CURIA. General Court of the European Union (2011年2月17日). 2026年3月9日閲覧。
- ↑ “2024 Olympic Games coverage: How the Listed Events regime applies”. Ofcom (2024年7月18日). 2026年3月9日閲覧。
- 1 2 境治 (2026年3月18日). “日本にユニバーサルアクセス権は必要か(前編〜なぜ生まれた制度か)”. Yahoo!ニュース エキスパート. LINEヤフー株式会社. 2026年3月21日閲覧。
- ↑ 大井義洋 (2026年3月19日). “見えない熱狂の時代- WBCが問いかけるスポーツ視聴と放送の公共性-”. HBF CROSS. 公益財団法人放送文化基金. 2026年3月21日閲覧。
- ↑ “カーリング日韓戦の韓国国内中継で“史上最悪規模”の放送事故が起き、ファンが激怒…CM中に突然「日の丸」のグラフィックが10秒以上映し出される”. RONSPO. 株式会社スポーツタイムズ通信社 (2026年2月16日). 2026年3月21日閲覧。
- ↑ Ahn Shang-hee (2026年3月19日). “政府与党がJTBCの中継独占阻止へ動く 普遍的視聴権確保”. CHOSUNBIZ. 2026年3月21日閲覧。
- ↑ “地上波サウジ戦は視聴率20%を突破 だからW杯出場懸かる豪州戦を国民的な体験にしたい 田嶋会長「最後まで努力」【サッカー】”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ (2022年2月2日). 2022年4月12日閲覧。
- ↑ “代表戦無料視聴へ法整備を サッカー協会の田嶋会長”. 共同通信 (2022年3月28日). 2022年4月12日閲覧。
- ↑ “「サッカー人気停滞」W杯出場でも楽観できぬ事情”. 東洋経済新報. p. 3 (2022年3月29日). 2022年4月11日閲覧。
- ↑ “<主張>WBCネット独占 茶の間の視聴守る方策を 社説”. 産経新聞 (2025年9月4日). 2025年9月10日閲覧。