ユーターボーク装甲師団
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ユーターボーク装甲師団は1945年2月20日(あるいは28日)、ベルリン南部のユーターボーク軍事演習場にて、第3軍管区と第4軍管区を担当する警報戦闘群(Alarm-Kampfgruppe)として編成された。師団は壊滅した中央軍集団の部隊、または警報部隊(Alarm-Verbände)や軍隊学校(Truppenschulen)から構成されたが、その戦力は旅団程度であったとされる[2]。
2月26日、バウツェンに転進した師団は、戦闘団(Kampfgruppe)規模となっていた第16装甲師団の援護を行った。師団長は2月28日から3月5日まで、ディートリヒ・フォン・ミュラー少将(Generalmajor)が担当していた。3月初め、ユーターボーク装甲師団は解散した[3]。