ヨハン・ゲオルク・ジーゲスベック
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マクデブルクで生まれた。ヴィッテンベルク大学で医学を学んだ。ヘルムシュテッドで医者を開業した後、ヘルムシュテット大学の教授、ローレンツ・ハイスターの推薦でロシアで医師として働くことになった。1735年にサンクトペテルブルクに移り、病院の医師として働いた。サンクトペテルブルクの植物園で働き多くの植物学の論文を書いた。
植物の生殖器であるおしべの数を基準に、植物を分類するリンネの分類法を、不道徳とかみだらであると批判したことで知られる[1]。ジーゲスベックはその地位を利用して、ロシアやシベリアの植物がリンネに渡るのを妨害した。この批判を不愉快に思ったリンネはキク科の雑草、Sigesbeckia(和名、メナモミ属)にジーゲスベックの名前をつけたとされる[2][3]。