シェラン地域のカロンボー(Kalundborg)に生まれた。兄のカール・クリスチャン・ロンビュー(Carl Christian Lundbye)は軍人の道に進み、後に戦争大臣となる人物である。
コペンハーゲンのデンマーク王立美術院で、ルンド(Johan Ludwig Lund)の元で学んだ。同世代の画家にはスコウゴール(Peter Christian Thamsen Skovgaard)、フレーリク(Lorenz Frølich)、イアイコウ(Jens Adolf Jerichau)らがいる。ナショナル・ロマンティシズムと呼ばれる、祖国の風景を描く動きに影響をうけている。
1848年春にシュレースヴィヒ公国の帰属をめぐる紛争が始まると、ロンビューはデンマーク王国軍に志願兵として参加したが、前線に到着すると程なく、銃の暴発事故で負傷し、その8日後に死亡した。「デンマーク黄金時代」は、ロンビューの死をもたらしたシュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争などによって、デンマークの繁栄が失われることによって終わった。