1941年生まれ。公務員の後、フィジー開発銀行頭取を務めた[1]。
2000年5月のジョージ・スペイト(英語版)によるクーデターで暫定政権の首班に据えられ、暫定首相を7カ月ほど務めた後、正式な首相となった。しかし2006年に今度は自らがフランク・バイニマラマ軍司令官によるクーデターによって首相の座を追われた[1][2]。
その後、1990年代の資金乱用疑惑で2012年に1年間投獄されたが、ガラセは政治的なものであるとして容疑を否認した[2]。
2020年4月19日に首都スバにある病院に入院し、4月21日に79歳で死去した[2]。