王舎城
インド、ビハール州ナーランダ県にある都市
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王舎城(おうしゃじょう、梵: राजगृह, Rājagṛha, ラージャグリハ、巴: Rājagaha, ラージャガハ〉は、インド、ビハール州ナーランダ県にある都市。ガンジス川中流域に位置する。羅閲祇とも。現在はラージギル(Rajgir)という名で呼ばれている。
ラジギール Rajgir, Rajagriha, 王舎城 | |
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歴史的都市 | |
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ヴィシュワ・シャンティ・ストゥーパ、ソン・バンダール洞窟、ゴーラ・カトラ湖、ラトナギリ・ヒルズのロープウェイ、ラージギールの古代サイクロペアン・ウォール、ラートナギリ・ヒルズのロープウェイ、ラージギールの丘の眺め、ナウラカ・ジャイン寺院、霊鷲山。 | |
| 座標:北緯25.03度 東経85.42度 | |
| 国 |
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| 州 | ビハール州 |
| 地域 | マガダ地域 |
| 地方 | パトナ地方 |
| 県 | ナーランダ県 |
| Ward | 19 wards |
| 建立 | 紀元前2000 |
| 創設者 | Samrat Brihadratha |
| 面積 (2015) [A 1] | |
| • 都市部 | 61.6 km2 |
| 標高 | 73 m |
| 人口 (2011)[2] | |
| • 合計 | 41,587人 |
| 等時帯 | UTC+5:30 (インド標準時(IST)) |
| 郵便番号 |
803116 |
古代にはマガダ国首都が置かれ、釈迦が説法した地の一つで、外輪山に囲まれた盆地の中にある都市遺跡だが、考古学的にはあまり解明は進んでいない。北インドでは珍しく温泉が湧き出る。
名称
南伝仏典によれば、かつてマンダァータ、マハーゴーヴィンダなどの大王(ラージャは王と訳す)に支配されたので名づくという。[要出典]
なお、『大智度論』3では、名称の由来について3つの説を挙げている。
- 昔、マガダ国王の子に一頭両面四臂あり、王がこれを不吉祥となして、その首身を裂いて広野に棄てた。梨羅という羅刹女が、その身を合わせて乳養し、成人してのちに諸国の王萬1千人を捕らえて、これらの王を5山(後述参照)に置いたことに由来。
- マガダ国王がその城の失火により7度に及んで、城を移して5山の中にこの王舎城を築いたことに由来。
- 婆薮仙人の子である廣車王が、空中より声が聞こえて、鹿を追ってこの5山の中に入り、ここに王城を築いたことに由来。
歴史
仏教が布教された町として有名で、多くの仏典に登場する。南方の仏典では、仏が出世した時と転輪聖王が出世した時のみ城下となり、その他はすべて空虚となり、夜叉に支配されてその住居になったと伝える。
現在、ビハール州の首府であるパトナから約96kmに位置する場所にあり、ラジギール(ラージギール、ラージギルとも)と呼ばれる。仏教が布教された町として有名で、多くの仏典に登場する。ギッジャクータ(霊鷲山)、ヴェーバーラ(負重山)、イシギリ(仙人掘山)、ヴェープッラ(廣普山)、パンダヴァ(白善山)という5つの山に囲まれている。
釈迦の在世当時は、マガダ国最大の都として栄えた。釈迦が最も長く滞在した地で知られ、『法華経』を説く舞台である霊鷲山(りょうじゅせん)や竹林精舎、釈迦滅後に仏典の結集を行った七葉窟などがある。
当初の都はギリヴラジャ(旧王舎城)であったが、宮殿が炎上したため、ビンビサーラ(頻婆娑羅)王が現在の位置にラージャグリハ(新王舎城)に遷都した。玄奘は『大唐西域記』で、失火により一時寒林にいたが、ヴァイシャーリー市が来襲すると聞き築城したと伝えている。
異説では移転させたのはビンビサーラの息子であるアジャータシャトル(阿闍世)王ともいわれる。旧都を旧城(山城)、新都を新城と呼び区別する。法顕は、この地を訪れたことを『法顕伝』で報告し、サーリプッタの出身であるナーラダ村から西へ1由旬のところに新しい王舎城があり、ビンビサーラ王の古城とは別に、アジャータシャトル王が新城を築城したと伝えている。