ラジークイーン
日本のお笑いグループ
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歴代メンバー
加入順、および加入が同タイミングの場合は脱退順に記載。
- よしえ・つねお(1972年8月2日 -)[1][2]
- 群馬県前橋市出身。本名は吉江 常雄(読み同じ)、プロレスラーの吉江豊を弟に持つ[3]。
- ニックネームは「よしえママ」。
- 2005年6月の結成から参加、リーダーを務めた[4]。2008年8月に脱退し、WAHAHA商店を退所[3][5]。脱退時に芸名から中黒を取り「よしえつねお」に改めた[3]。その後はものまね芸人や西口プロレスのほか、2015年からは佐々木孫悟空とのユニット「ウンコチンコ」としても活動[6]。
- あららナカジー(1971年8月5日 -)
- 詳細はリンク先記事を参照。
- ニックネームは「ナカジー」「アツコ」。
- 2005年6月の結成から参加、よしえ脱退から原田加入までリーダー[7][8]。2011年3月に脱退、芸人も引退[9]。
- 当初の芸名は「ナカジー13世」。2009年10月「あららナカジー」に改名[10]。
- チェリー吉武(チェリーよしたけ、1980年10月13日 -)
- 詳細はリンク先記事を参照。
- ニックネームは「チェリー」。
- 2005年6月の結成から参加、2013年3月に脱退[9]。脱退後はピン芸人として活動。
- 当初の芸名は「桜・竹吉」(チェリー・たけよし)[11]。2009年10月より「フンガー吉武」[10]、その後2013年までに「チェリー吉武」に改名[9]。
- 美妻 隆盛(みつま たかもり、1969年5月1日 -)
- 詳細はリンク先記事を参照。
- ニックネームは「ミッチー」「みつママ」。
- 「みつまJAPAN'」の芸名でピン芸人として活動していたところ、2008年9月ごろより仮加入[12][13]、2009年1月には芸名を「美妻隆盛」に改め正式加入するが、8月に脱退[14]。
- 原田 豪紀(はらだ ごうき、1977年7月10日 -)[9]
- 東京都出身。
- ニックネームは当初「ビバリー」、のち「マンボー」。
- 元「外苑警備隊」で、並行して西口プロレスでも活動。相方のKIDとともに2010年1月加入、加入当初よりリーダー[8]。2018年1月の解散まで在籍。
- 解散後はピン芸人として活動し、2020年より斤神ヤジリン率いるニューウォッチプロダクションに所属。
- KID(キッド、1977年11月24日 -)[15]
- 東京都渋谷区出身、本名は小倉 孝法(おぐら たかのり)[16]。
- ニックネームは「レイチェル」。
- 元「外苑警備隊」で、並行して西口プロレスでも活動。相方の原田とともに2010年1月加入、2018年1月の解散まで在籍。
- 解散後は林田竜次とのコンビ「ビフテキ」として東京演芸協会に所属するほか[16]、ピン芸人としてWAHAHA本舗にも引き続き在籍する。
- 実家は代々木駅近く、千駄ヶ谷の食堂「ありす」。「後継ぎに悩む食堂の夫婦と、なかなか芽が出ない芸人の息子」として2015年から2020年まで6度にわたってnews every.の密着取材を受け[17][18][19][20][21][22]、2022年には単発特番で取り上げられた[23]。
概要
ユニット名はゴールデンラズベリー賞(通称:ラジー賞)から採られた。
来歴
2005年6月にオリジナルメンバー3名により結成、2006年2月からWAHAHA商店に所属した[9]。
2008年夏によしえが脱退し、新メンバー候補を模索[24]。代役としてジジ・ぶぅ[25]やしんご☆くん(現・楽しんご)[4][26]を加えた構成で数度活動した後、美妻が秋ごろから仮加入・2009年1月に正式加入するが、8月に脱退。
ナカジーと吉武の2人組でしばらく活動ののち、2010年から「外苑警備隊」のKID・原田が加入し4人組となる。
2011年3月にナカジーが引退、2013年3月に吉武がピン芸人になるため脱退。この時点でオリジナルメンバーが不在となり、実質的に「外苑警備隊」が別名義で活動している状態となった。
2016年11月、「てぶくろ」[注 2]と2組4名のユニット、「ビフテキ」を結成[27]。「ビフテキ」は2017年4月の第2回単独ライブまでに原田が脱退[28]、2017年6月に小高山が引退し[29]、KIDと林田のコンビとなる。
KIDが林田と「ビフテキ」を、原田と「ラジークイーン」を掛け持ちする状態がしばらく続いたが、2018年1月に「ラジークイーン」を解散[15]。ともに芸人は続けるが、KIDのみWAHAHA本舗に残り、原田は退所した。