ラスチスラフ

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ラスチスラフ(Rastislav, 820年 - 870年)は、モラヴィア王国の第2代君主(在位:846年 - 870年)。ロスティスラフ(Rostislav)とも表記する。

在位 846年 - 870年
配偶者 ミロスラヴァ
概要 ラスチスラフ Rastislav, 在位 ...
ラスチスラフ
Rastislav
第2代モラヴィア王
在位 846年 - 870年

出生 820年
モラヴィア王国
死去 870年
バイエルン公国
配偶者 ミロスラヴァ
王朝 モイミール朝
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生誕 820年
死没 870年
崇敬する教派 正教会
列聖日 1994年10月
概要 モラヴィアのラスチスラフ, 証聖者、亜使徒、受難者 ...
モラヴィアのラスチスラフ
証聖者亜使徒、受難者
生誕 820年
死没 870年
崇敬する教派 正教会
列聖日 1994年10月
列聖場所 プレショフ
列聖決定者 チェコ・スロバキア正教会
記念日 5月11日
象徴 王冠、マント、十字架
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生涯

初代モイミール1世の死後、846年に王位についた。モイミール1世がカトリックを受容する姿勢を見せたのに対して、ラスチスラフは東フランク王国との対抗上、ブルガリアビザンツ帝国などと接近した。

また、カトリック化を通じて東フランク王国に従属することを懸念して、ビザンツ帝国に宣教師の派遣を依頼した[1]。これによって派遣されたのがキュリロスメトディオスの兄弟であり、王国内における正教の浸透を図った。この際に布教の必要性からグラゴル文字が作成された[2]

東フランク王国と結んだ甥のスヴァトプルクによって失脚に追い込まれた。

正教会において聖人[3](1994年、チェコ・スロバキア正教会により列聖[4])。

脚注

参考文献

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