1992年に初のアメリカ最多勝利騎手に選出され、以後1996年まで連続で受賞し、2009年までに10回の受賞を経験している。1995年には年間で400勝以上を挙げ、同年エクリプス賞特別賞を受賞した。1999年にアメリカ競馬名誉の殿堂博物館に現役中ながらも殿堂入りを果たし、2002年にはジョージ・ウルフ記念賞を受賞した。また1995年に創設されたNTWA(全米競馬記者協会)の選出するアイザック・マーフィー賞にも連年選出されており、2004年を除いて創設から毎年ベイズが受賞している。
2006年12月1日、ベイメドウズ競馬場で行われた第4競走で勝利を挙げ、これにより通算勝利数を9,531勝とし、ラフィット・ピンカイ・ジュニアの持っていた9,530勝の世界記録を抜き、通算勝利数の世界記録を更新した。42570回目の騎乗での記録達成であった。
2007年に一度ブラジルのジョルジ・リカルドによってその記録が塗り替えられたが、2008年2月1日にはゴールデンゲートフィールズ競馬場の第3競走で写真判定の末に通算10000勝を達成、リカルドに続く史上2人目の10000勝騎手となった。最多勝記録はリカルドと張り合いつつ更新され続け、2016年に引退するまで通算12844勝を記録している。
2016年6月13日、騎手を引退することが、サンタアニタパーク競馬場からのプレスリリースとして発表された[2]。