ラップウィング級掃海艇
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| ラップウィング級掃海艇 | ||
|---|---|---|
| 艦級概観 | ||
| 艦種 | 掃海艇 | |
| 艦名 | 鳥類 | |
| 運用者 | ||
| 建造期間 | 1918-1920年 | |
| 前級 | ||
| 次級 | レイブン級掃海艇 | |
| 計画 | 54隻 | |
| 建造 | 51隻 | |
| 中止 | 3隻 | |
| 排水量 | 15ft (4.6m) | |
| 全長 | 187ft 10in (57.25m) | |
| 全幅 | 35ft 5in (10.80m) | |
| 吃水 | 15ft (4.6m) | |
| 機関 | レシプロエンジン | |
| 速力 | 14kn | |
| 乗員 | 75名 | |
| 武装 | 3インチ50口径単装砲2門 | |
ラップウィング級掃海艇 Lapwing-class minesweeper)は、アメリカ海軍の掃海艇の艦級。アメリカ海軍が最初に建造した航洋型の掃海艇で、鳥の名を冠することから「バード級」とも呼ばれる(但し、第二次世界大戦時にアドロイト級が就役するまで、アメリカ海軍の掃海艇はすべて鳥の名である)。
1918年‐1920年にかけて54隻計画され、3隻をキャンセルしたため計51隻が就役した。ワシントン海軍軍縮条約を受け、1922年に一時退役した艇もあり、29番艇オスプレイ (USS Osprey, AM-29)はアメリカ沿岸警備隊に譲渡されるが、1930年代に現役復帰した。第二次世界大戦の開戦までに、座礁・衝突事故で4隻を喪失。第二次世界大戦中に日本・ドイツとの交戦で8隻が戦没した。日本では自沈処分後に日本海軍の手によって浮揚され、「第百三号哨戒艇」として1945年1月12日に戦没するまで活動した9番艇フィンチ (USS Finch, AM-9)が知られている。
戦争末期にはオーク級量産型に本来の掃海任務を譲り、小型水上機母艦 (AVP)・潜水艦救難艦 (ASR)・修理救難艦 (ARS)・艦隊曳船 (AT)・設網艇(YNG)に改造の上、支援任務に回った。終戦とともに退役し、最後に救難艦ヴァイキングに改名していた32番艇フラミンゴ (USS Flamingo, AM-32→ARS-1)が退役したのは1953年である。