ラティーナとは、イサベル1世の友であった著述家ベアトリス・ガリンド(es)の別称ラ・ラティーナ(La Latina、ラテン語に精通していたため)にちなむ。1845年にマドリード行政区の編成で10区が誕生した際に付けられた。しかしこのときのラティーナは、カラバンチェルの一部であった。
区内にあるゴヤ駅は、画家フランシスコ・デ・ゴヤが『黒い絵』を描いた場所であるキンタ・デル・ソルドに非常に近いため名づけられた。
1948年、カラバンチェルはマドリードに編入した。1971年にカラバンチェルが再編され、ウセラとラティーナが新たに区となった。