かつてのカラバンチェルは、マドリード向けのヒヨコマメ(スペイン語でgarbanzos)を生産し出荷していた。ヒヨコマメは、カスティーリャ地方の料理である、煮込み料理コシードに欠かせない素材である。また、交通のハブ地であったためキャラバン(caravana)から派生したという説もある。しかし多くの人々は、ヒヨコマメ栽培に適した肥沃な土地であったことから『石の土地』(tierra pedregosa)が語源であるという説を好む。
1944年に開設されたカラバンチェル刑務所は、フランコ独裁時代には政治犯が多く収容されていた。1998年に閉鎖後、2008年に残っていた施設が壊された。公共施設やアパート、病院が建設される予定である。
人口の23%(約5万人)が外国出身の移民である。マドリード市内最大の移民人口を抱える。最も多いのが人口13,000人を超えるエクアドル人、次いでルーマニア人である。