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ラテラノ宮殿

ローマの宮殿 From Wikipedia, the free encyclopedia

ラテラノ使徒宮殿(ラテラノしときゅうでん)、又はラテラノ宮殿(ラテラノきゅうでん)は、ローマ帝国時代の宮殿で、後にローマ教皇が住んでいた宮殿。

ラテラノ宮殿(左)とラテラノ・オベリスク(英語版)
ラテラノ宮殿とトトメス3世のオベリスク、右側にはサン・ジョヴァンニ・ラテラノ教会、18世紀の版画

ローマ、サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂に隣接し、現在は博物館になっている。

歴史

4世紀の始めにコンスタンティヌス1世から教皇へ贈られ、サン・ジョバンニ広場のラテラノ宮殿は教皇の住居となり、約1,000年間続いた。

10世紀に、セルギウス3世は火事にあった宮殿を修理、インノケンティウス3世が装飾を施した。ダンテは“人間の業績を超える”と褒め讃えた。

アヴィニョン捕囚時代に、宮殿は衰退。

1307年と1361年の火事で修復不可能なほどに被災、アヴィニョンから多く人が再建に送られたが、被災前の状態には戻らなかった。教皇はローマに戻った時、サンタ・マリア・トラステヴェレ大聖堂、次にサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂に居住、そしてバチカンに住居を建築した。シクストゥス5世は建物を取り壊し、現在ある小さくした建築を建てた。

関連項目

外部リンク

  • 宮殿 - 地図、写真と版画

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