ラミントン男爵
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2代男爵チャールズ・ベイリー=コクランに因むという説がある[1]。
首相ベンジャミン・ディズレーリの若き日の盟友にして保守党の政治家アレクサンダー・ベイリー=コクラン(1816-1890)は、晩年にあたる1880年5月3日に連合王国貴族爵位のラナーク州ラミントンのラミントン男爵(Baron Lamington, of Lamington, in the County of Lanark)に叙せられた[註釈 1][4][5]。彼ののちは一人息子のチャールズが爵位を継承した。
2代男爵チャールズ(1860-1940)も父同様に保守党の政治家で、クイーンズランド州総督やボンベイ総督を歴任している[4][6]。
その息子である3代男爵ヴィクター(1896-1951)はスコッツガーズ連隊付大尉として第一次世界大戦に従軍して、柏葉敢闘章を授与されている[7]。しかし、彼には子がなかったため、彼の死をもってラミントン男爵は廃絶となった[7]。
ラミントン男爵(1880年)

- 初代ラミントン男爵アレクサンダー・ダンダス・ロス・コクラン=ウィシャート=ベイリー (1816–1890)
- 第2代ラミントン男爵チャールズ・ウォレス・アレクサンダー・ネイピア・ロス・ベイリー=コクラン (1860–1940)
- 第3代ラミントン男爵ヴィクター・アレクサンダー・ブリズベーン・ウィリアム・コクラン=ベイリー (1896–1951) (1951年ラミントン男爵廃絶)

