ランツゲマインデ
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ランツゲマインデ(ドイツ語: Landsgemeinde、ドイツ語: [ˈlantsɡəˌmaɪndə]、複数形はランツゲマインデン (Landsgemeinden))は、公共の事柄について多数決で議決する非秘密投票制度。スイスのアッペンツェル・インナーローデン準州とグラールス州でみられるほか、アッペンツェル・インナーローデン準州とグラウビュンデン州、シュヴィーツ州の一部地区でも、地域の問題について議決するために招集されている。かつてはスイスの8つの州で採用されていた。
ドイツ語のランツゲマインデという単語は、土地や州を意味する「ランツ」と共同体という意味の「ゲマインデ」の合成語で、1561年のピクトリウス辞典にはみられる。
ランツゲマインデの有権者は特定の日に野外に集まり、賛成であれば挙手をして議決する。かつては儀礼用の剣もしくは銃剣を示して自らが有権者であることを証明し、投票エリアに入った。今日では投票券が導入されているが、アッペンツェル・インナーローデン準州では拳銃を提示すれば投票券の代わりになる。
中世後期から、スイスの農村部ではランツゲマインデが州の最高意思決定機関として機能してきたが、ルツェルン、シャフハウゼン、ベルンといった都市部ではこうした市民総会が招集されることはなかった。
ランツゲマインデでは年に一度、州もしくは地区の市民が一連の議題について議決するため、野外の公共の広場に集まる。挙手もしくは有権者カードを掲げることで、賛成もしくは反対の意思を表明する。決定は多数決によるが、不確かな場合はランダムマン(知事)が議員の助けを借りつつどちらが多数かを推定する。
ランツゲマインデの所要時間は、州によって異なる。グラールス州では、市民が既存の法律条項の改正案や新法案を発議することが多く、2時間から4時間半かかる。一方、アッペンツェル・インナーローデン準州では審議時間に制限が設けられているため、1時間から2時間半で終了する[1]。
ランツゲマインデで取り上げられる議題の範囲は、州によって異なる。アッペンツェル・インナーローデン準州とグラールス州のランツゲマインデは立法権を有しており、法の施行や州憲法の修正も行うことができる。アッペンツェル・インナーローデン準州では、政府の問題も討議される[2]。グラールス州では、税法がランツゲマインデの決定の規制を受ける。一方、ランツゲマインデが国会議員の選出を行うことはない[3]。
歴史

ランツゲマインデという用語は1291年のスイス盟約者団の結成に関する記録にはじめてみられ、中世後期には存在した。この伝統はゲルマン民族のシング(集会)の系譜を引くが、一度断絶をみている。例えばアラマンニ人は8世紀から帝国直轄領としてふたたび台頭する13世紀まで、カロリング帝国に独立を奪われていた。
ウーリ州では、早くは1231年にランツゲマインデが招集されたという記録があるが、これら初期の議会は、それ以前の血の裁判所(刑事事件の判決を下すための集会)から自然に発展したものであった。中世ラテン語の古文書では、ランツゲマインデを記録する際、普遍性 (universitas) や共同体 (communitas hominum) といった言葉が主語に用いられており、政治的エリートではなく共同体が決定を下したという民主的性格が強調されている。
スイス盟約者団において、ランツゲマインデはウーリ州、シュヴィーツ州、ウンターヴァルデン州、グラールス州、アッペンツェル州、ツーク州など、農村部に特有の存在であった。このうちツーク州は、都市州でありながらランツゲマインデが存在するという中間的な性格を有していた。
現状
スイスが連邦国家として成立し、州議会が連邦法に従属する存在となると、ランツゲマインデは時代錯誤と見なされるようになった。1848年にツーク州とシュヴィーツ州がランツゲマインデを廃止し、1928年にはウーリ州がこれに続いた。近年ではニトヴァルデン準州が1996年に、アッペンツェル・アウサーローデン準州が1997年、オプヴァルデン準州が1998年に、それぞれ秘密投票による住民投票の結果、ランツゲマインデを廃止している。
一方、アッペンツェル・インナーローデン準州では1991年の住民投票でランツゲマインデの廃止が否決された。今日では同準州とグラールス州でのみ、この直接民主主義の形態が存続している。1991年のアッペンツェル・インナーローデン準州の住民投票以降、この2つの州ないし準州においてランツゲマインデそのものに疑問符が付されたことはなく、このことは住民の同制度に対する愛着を示している。投票率もこの50年間一定しており、グラールス州の2001年のランツゲマインデでは50パーセントを上回った[3]。
グラールス州では近年、ランツゲマインデの投票率向上に向けた取り組みが導入された。2007年には、スイスでは例外的に投票年齢が16歳以上に引き下げられた[4]。また、ランツゲマインデ当日には、参加者は州内すべての公共交通機関を無料で利用できる。
アッペンツェル・インナーローデン準州とグラールス州では電子投票システムの導入など、制度の近代化に向けた議論が行われているが、どの政党もランツゲマインデの存続そのものには反対していない[1]。
連邦政府もランツゲマインデに触発される形で、同種の理念に基づいたさまざまなプロジェクトを支援している。2016年4月6日には民主的な審議を通してサイバーセキュリティ関連のアイデアを育み、解決策を見出すことを目的に、第4回サイバーランツゲマインデがベルンで開催された[5]。チューリヒ州クローテンでは2012年に地域のプロジェクトへの予算配分を審議するためにランツゲマインデが開かれ、新しい幼稚園の建設などが可能となった[6]。
問題点
ランツゲマインデは、スイスの政治構造における直接民主主義の中核のひとつの柱をなしている。過去100年のあいだに大幅に数を減らしたとはいえ、それはスイスの民主主義に特徴的な制度と見なされており、一般には参加型で包摂的な民主主義の実践形態とみられている。州憲法においても、ランツゲマインデへの参加は関連する個人の市民的義務とされているが、実際にランツゲマインデが従来型の秘密投票より参加型で包摂的な投票形態であるかは不透明な部分がある[7]。例えば、2014年にポール・ルカディーは「アッペンツェルやグラールスの集会、バーモント州のタウンミーティング、そしておそらく古代アテネの集会においても、その参加率は市民全体の20パーセント程度に限られていた」と述べている[8]。
さらに、アッペンツェル・インナーローデン準州のランツゲマインデでは、1991年まで女性の参加が認められていなかった。同準州は女性に参政権を認めたスイス最後の州で、ヨーロッパにおける女性参政権の歴史においては例外的に遅い存在だった[9]。
票の集計に関しても、グラールス州のランツゲマインデでは賛成と反対のどちらが多いか判然としない場合、反対とみなす伝統があるなど、正確性の問題が存在する[10]。
ランツゲマインデは公開投票に基づく制度であるため、社会統制などの大衆操作が市民の考えに影響をおよぼし、合理的な判断を誤らせるおそれがある。他方、古代ギリシアの伝統的な考え方であるパレーシアによれば、公の集会は市民に、自らの意見を率直に表明し、それへの集団的な責任を負う機会を提供してきた[11]。
公開投票制度では秘密投票を保障できないため、スイスは市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)第25条に明確に例外を設けている[12]。また、同様の理由で欧州人権条約第一議定書を批准していない[13]。