ラ・ナシオン
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1870年1月4日第1号第1面 | |
| 種別 | 日刊紙 |
|---|---|
| 判型 | ブランケット判 |
| 所有者 | ミトレ一族 |
| 発行者 | バルトロメ・ミトレ (創設者の玄孫) |
| 設立 | 1870年1月4日 |
| 政治的傾向 | 保守, 右派, 自由主義経済[1] |
| 言語 | スペイン語 |
| 本社所在地 | ブエノスアイレス(アルゼンチン) |
| 発行数 | 159,486部(2013年)[2] |
| ウェブサイト | www.lanacion.com.ar |
『ラ・ナシオン』(スペイン語: La Nación)は、アルゼンチンの日刊紙(朝刊)およびそれを発行する新聞社。「国民」を意味する。国内の保守系紙の代表格をなし、中道の代表格の『クラリン』紙と競合している[1]。平均で、平日16万部、日曜日25万部発行されている[3]。本社所在地は、アルゼンチン共和国ブエノスアイレス自治市ブシャール通り557番。
1870年1月4日、La Nación Argentina として元大統領(1862年-1868年)で軍人のバルトロメ・ミトレ(1821年-1906年)らによって創刊された。1914年まで元外務大臣のホセ・ルイス・ムラトゥレ(外相任期:1914年-1916年)が主筆を務めた。1945年8月28日、La Nación に改名された。
1930年代には1日平均35万部の発行数を誇り、ラテンアメリカ最大のオピニオンリーダーとして読者を喜ばせ、ブエノスアイレスでこれを超えるものはタブロイド紙の『クリティカ』紙のみであった[4]。1945年、新たなライバル『クラリン』紙登場、1962年、『クリティカ』紙廃刊、1975年、『クロニカ』紙休刊を経て、ブランケット判『ラ・ナシオン』紙とタブロイド判『クラリン』紙が市場1位を争うライバル関係の構図が確立された[1]。保守系では『ラ・プレンサ』がライバル紙である。
『ラ・ナシオン』紙の1日あたりの平均購読部数は2013年で15万9,486部で[2]、ブエノスアイレスの日刊紙購読者の20%程度となっている。また、国境を越えて世界的に読まれている日刊紙でもある[5]。
スペイン語圏で最も著名といえる執筆者を数多く擁しており、ホセ・マルティ、ミゲル・デ・ウナムーノ、エドゥアルド・マジェア、ホセ・オルテガ・イ・ガセット、ルベン・ダリオ、アルフォンソ・レイエス、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、マリオ・バルガス・リョサ、マヌエル・ムヒカ=ライネスと言った面々が常に歴代のコラムを飾ってきた。
伝統的に保守的であり、カトリック教会、軍事、大農場主を代弁しているが、コラムニストの個性により幅広い政治思想に対応している。
