リオグージョ旭川
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1978年にACSC(Asahikawa City Soccer Club)を設立。
2004年、道北ブロックリーグを連覇。全道ブロックリーグ決勝大会では3連勝で北海道サッカーリーグへ昇格を果たす。同年は第11回全国クラブチームサッカー選手権大会に初出場、ベスト4に輝く。
2005年の北海道リーグでは3位と好成績を挙げたが、2006年は一転して最下位に終わり、道北ブロックリーグに降格。
2007年、旭川市の地域密着を意識し「リオグージョ旭川」に改称。リオグージョ(Riorgulho)とはポルトガル語で川を意味するリオ(Rio)と誇りを意味するオルグージョ(Orgulho)を組み合わせた造語で、旭川市が川の街である事から名付けられた。同年の道北ブロックリーグでは、優勝した旭蹴会に得失点差でわずか1及ばず2位。
2009年はリーグ4位ながら、FC.Menino(空知地区)との入替戦に敗れて旭川社会人サッカーリーグに降格。
2011年、旭川地区リーグ1部優勝。ブロックリーグの地区再編に伴い、入替戦を経ずに道北ブロックリーグ復帰となった。
2019年から道北ブロックリーグが道央・道北ブロックリーグへと再編されたことに伴い、旭川地区の代表枠が減少。これにより旭川地区リーグに降格となった。チームが降格していく中、選手不足などに苦しみ、中々選手が集まらない状況で、少ない選手で戦わなくてはならないなどチームの状況は常に厳しかった。その影響からか、翌2020年はリーグ参加を辞退し、以降の活動は確認できない。
社会人リーグは上記の理由からリーグ参加を辞退した為、以降の活動休止状態だが、フットサルの活動は続けているようであり、2024年度“コンサドーレ・エスポラーダカップ”全道市町村サッカー・フットサル大会の一般の部(Aブロック)に出場し、5ブロックエントリーで4チーム中3位の成績だった[1]。
2006年はとかちフェアスカイFCと共にばんえい競馬がチームのスポンサーだった。旭川市内にある旅館「東花苑」もスポンサーともなっていた事がある。