リゲル (機雷敷設艦)

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建造所 Nederlandsche Dok Maatschappij
艦種 多目的汽船
起工 1930年3月3日
リゲル
基本情報
建造所 Nederlandsche Dok Maatschappij
運用者
艦種 多目的汽船
艦歴
起工 1930年3月3日
進水 1931年3月7日
就役 1931年11月6日
要目([1]
排水量 1,631 t
全長 67.5 m (221 ft 5 in)
最大幅 11.04 m (36 ft 3 in)
吃水 3.06 m (10 ft 0 in)
主機 三段膨張機関×2基
出力 1,450 hp
推進 プロペラシャフト×2軸
最大速力 12.5ノット (23.2 km/h)
乗員 67名
兵装
  • 7.5cm砲×2基
  • 12.7 mm重機関銃×2基
  • 機雷×150発
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リゲルオランダ語: Hr.Ms. Rigel)は、オランダのGouvernements Marineで運用された多目的汽船オランダ領東インド総督の総督用ヨット、もしくは機雷敷設艦としても運用できた[2][3]。1939年に軍艦となり、オランダ海軍で1939年から1942年まで機雷敷設艦として運用された[4][5]

リゲルは、オランダにあるNederlandsche Dok Maatschappijで建造された[6]。1930年3月3日に起工、1931年3月7日に進水し、1931年11月6日にGouvernements Marineで就役した[1]。建造費は108万ギルダー程度とみられ、同種の船としてはかなり安価であった[7][8]

甲板には2列の機雷敷設軌条があり、150発の機雷を搭載できた[3][9]。リゲルは1939年に軍艦となり、1940年から1941年にはASDIC(探信儀)が追加で装備された[10]

艦歴

1938年4月、リゲルはスクリュープロペラを喪失した測量船「ハイドログラーフ(Hydrograaf)」をスラバヤまで曳航した[11][12]

第二次世界大戦

1939年から1942年にかけて、オランダ領東インドの海域で機雷敷設に従事した[4]。 1939年8月からスラバヤ沖のウェスターバール水路に機雷の敷設準備を実施[13]。1941年12月には、タンジュンプリオク港への進入水域に機雷を敷設した[14]。1942年2月には、機雷敷設艦「クラカタウ」と共にマドゥラ島沿岸に機雷を敷設[15]

1942年3月2日、タンジュンプリオク北部港の湾口で閉塞船となるべく乗員の手によって自沈した[1][16]

1944年3月に日本側によって浮揚され、部分的に修復が行われた[4]。 日本の降伏後、発見されたリゲルはDienst van Scheepsvaart(DvS)に引き渡された[1][17]

1951年に、インドネシア海軍に移管された[1]

脚注

参考文献

関連項目

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