リコ・ロドリゲス (音楽家)
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アルファ・スクール在学中、トロンボーンの演奏を学ぶ。同校で講師をしていたドン・ドラモンドにもトロンボーンの演奏を教わった。ドラモンドは後にスカにおけるトロンボーンの有名演奏家になった。
1950年代にリコはラスタとなり、同じくラスタのドラマーであるカウント・オジーと密接に関わるようになる。カウント・オジーはプリンス・バスターやロイド・マタドール・デリーなどの大勢のプロデューサーとレコーディングをしていた。ワレイカ・ヒルにあるラスタのコミューンに集まり、後のザ・スカタライツ[2]のメンバーとなるドン・ドラモンドやトミー・マクック、ジョニー・ムーア達と一緒にセッションを繰り返していた。1961年、ワレイカ・ヒルの仲間に引き止められるも渡英[3]、英国のレゲエバンドで演奏を続けた。
1967年、ダンディ・リヴィングストンは「ルーディたちへのメッセージ」のレコーディング後、ロドリゲスのトロンボーンをダビングしてシングルとして発売。ロックステディの流行とともにイギリス本国でヒットした。
彼は1976年にアイランド・レコーズと契約、代表作である『マン・フロム・ワレイカ』をレコーディングする。1970年代末に、新たに2トーン・レコードが生まれると、リコはスカ・バンドザ・スペシャルズに参加した。スペシャルズは1979年にリヴィングストンは「ルーディたちへのメッセージ」をカバーするが、ここでもロドリゲスは呼ばれ、演奏を行った[4]。
1996年からは、他の仕事とも平行してジュールズ・ホランズR&Bオーケストラに参加、更なるトロンボーン奏者としての活動を続けた。