リチャード・ベイマー
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| リチャード・ベイマー Richard Beymer | |
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1961年宣材写真 | |
| 本名 | George Richard Beymer Jr. |
| 生年月日 | 1939年2月21日(87歳) |
| 出生地 |
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| 身長 | 6 ft 2 in (188 cm) [1] |
| 職業 | 俳優 |
| ジャンル | 映画、テレヴィジョン |
| 活動期間 | 1949年 - |
リチャード・ベイマー(Richard Beymer, 1939年2月21日[注 1] - )はアメリカ合衆国出身の俳優、映画製作者、アーティストである。
映画『ウエスト・サイド物語』のトニー、映画『アンネの日記』のペーター、TVシリーズ『ツイン・ピークス』のベン・ホーンの、それぞれの役で知られている。
俳優
ベイマーは、TVシリーズ『Sandy Dreams[4]』に出演して俳優としてのキャリアを始めた。
映画会社フィルムウェイズと契約して、1953年のヴィットリオ・デ・シーカ監督の『終着駅』で映画に初出演した[5]。主役であるジェニファー・ジョーンズの甥としてモンゴメリー・クリフトとの共演によって注目された[6]。そして、1953年の『So Big』、1957年の『Johnny Tremain』に出演して、1959年の『アンネの日記』のペーター役で俳優として成功した。1961年の映画『ウエスト・サイド物語』のトニー役でブレイクして、ゴールデン・グローブ賞の新人スター男優賞を、ボビー・ダーリン、ウォーレン・ベイティと共に受賞した。また、1962年の映画『史上最大の作戦』では、映画にとって重要な役を演じた[6]。
2012年のインタヴューで、ラス・タンブリンは、ベイマーが『ウエスト・サイド物語』のトニー役に満足していなかったと語っている。原因の1つは、ベイマーがアイオワ州の農場の出身でストリート感覚を持っていなかったことと、もう1つはナタリー・ウッドの態度で、ベイマーを蔑んでいたということであった。『理由なき反抗』で、ナタリー・ウッドと共にスクリーン・テストを受けていたベイマーは、『ウエスト・サイド物語』で共演した後もウッドにいい態度は表わさなかった。しかし後日、サンセット・ストリップのナイトクラブで出会ったときに、ウッドの親しげな態度で、わだかまりは解消された[7]。
映画『青年』にエキストラとして出演していたシャロン・テートと1961年に知り合い、ベイマーはテートと友人同士となった。テートに女優としての資質を感じたベイマーは自身のエージェントを紹介し、テートはフィルムウェイズと契約を交わした[8]。
ベイマーは1964年、俳優のキャリアを中断してハリウッドを離れ、夏の間にミシシッピでボランティアをして過ごした。ミシシッピではSNCCが主体となって6月から8月まで、後にフリーダム・サマーと呼ばれるアフリカ系アメリカ人の投票権登録のためのプロジェクトが行われていて、1964年6月21日に3人の運動家が失踪する事件が起きていた。1964年7月16日のフリーダム・デーでベイマーはバーニー・フランクに助力してミシシッピ自由民主党の人達を救出した[9]。カントンで逮捕されたボランティアから没収となったレンタル・トラックに乗っていた人々であった。
ベイマーのエージェントは、若い俳優が国の状況の悪化に対して行動することを憂慮していた[10]。そしてベイマーのキャリアはミシシッピで終わりになると思われた。ワシントン大学の記事は「忘れてならないのは、ベイマーはその時は大スターであって、そこから離れるのは重大事だったということである。最近の事件に例えると、ブラッド・ピットがファーガソンに抗議に行ったようなものである」と言い表している[11]。
現在のような情報の速度がなかった時代だったので、ベイマーは、表舞台から姿を消して行方不明になったと、日本では憶測されていた時期もあった[12]。
1957年に南北戦争のシンジケートを描いた、TVシリーズ『The Gray Ghost』に出演して、1958年に西部の航空機を扱ったTVシリーズ『空の王者スカイ・キング』に出演した[13]。また、『Paper Dolls』でミミ・ロジャーズが演じたブレアの夫役、『スタートレック:ディープ・スペース・ナイン』に全3話出演したほか、多くのTVドラマにゲスト出演していた。
1990年に人気TVシリーズとなった、『ツイン・ピークス』でベン・ホーンを演じた。この役で一般的には俳優としてカムバックしたと見なされている。また、1996年にTV映画『A Face To Die For』にマシュー・シェリダン博士役で出演した[13]。
ベイマーは、2017年の『ツイン・ピークス』の第3シーズンに、ベン・ホーン役として全6話に出演した[14]。
製作者
1963年、ベイマーはニュー・ヨークのアクターズ・スタジオに在籍していたが、1964年にミシシッピ州のフリーダム・サマーに参加した[15]。ベイマーはボレックスのカメラを持参して、ボランティアの人々がアフリカ系アメリカ人の選挙権登録運動に取り組む様子を撮影し、その映像を、『A Regular Bouquet:Mississippi Summer』という30分のドキュメンタリーに編集した[16][17]。
1974年にマンハイム・ハイデルベルク国際映画祭でジョセフ・フォン・スタンバーグ賞を受賞したアヴァン・ギャルドな映画『The Interview』は、ベイマーが監督、脚本そして編集を行った作品であった。
2010年の映画『The Passing of a Saint』は、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの葬儀の際の儀式について記録したものである[18]。そして、2014年4月にデイヴィッド・リンチとインドへの旅行を撮った映画『It’s a Beautiful World』がリリースされた[19]。
著作
2007年、若い俳優が自分を確認する、最初の著作で半自伝的な内容の『Impostor: Or Whatever Happened to Richard Beymer?』を出版した[20]。