リチャード・ベントリー
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リチャード・ベントリー(リチャード・ベントレー、英: Richard Bentley、1662年1月27日 - 1742年7月14日[1])は、イギリスの古典学者[1][2]。
ケンブリッジ大学卒[2]。王室図書館司書、オックスフォード大学ボイル講座講師、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ学寮長などを務めた[1]。
チャールズ・ボイルがファラリスの書簡集を刊行すると、ベントリーは『ファラリス書簡論』で偽書説を唱え論争となった[1][3]。その他、マララス『年代記』の校訂を論じた『ミル宛書簡』や、ホメロスにおけるディガンマの痕跡の発見、新約聖書の文献学[2]、様々な古典の校訂・原典出版などの業績がある[1][2]。ニュートンと親交し[2]、ベントリーのパラドックスを指摘した。
傲岸さや論争癖により多くの敵をつくり、アレキサンダー・ポープ『愚物物語』で揶揄された[1]。