1916年、パキスタンのマーリー(英語版)に生まれる。ランスィング・カレッジ(英語版)とウエストミンスター大学附属病院(The Westminster Teaching Hospital)で学ぶ[1]。
1947年、マーガレット・ペリーウォーカーと結婚し、息子のパトリックを儲ける[1]。
1958年に著書『Eat Fat and Grow Slim』を出版し、自身が「Calorie Fallacy」(「カロリーの虚偽」)と呼んでいるものを紹介し、タンパク質と脂肪が豊富で、炭水化物の量が少ない食事(石器時代に生きていた頃の人類が摂っていた食事)を提案している[1]。1863年にウィリアム・バンティング(William Banting)が出版した『Letter on Corpulence, Addressed to the Public』(『市民に宛てた、肥満についての書簡』)に触発されて、この本を執筆した[4][5]。彼は穀物と砂糖を食べないよう主張した。この本は150万部以上の売り上げを記録した[6]。
アレルギーの研究者で友人でもあったセロン・ランドルフ(英語版)から、食物アレルギーについての研究の影響を受ける[6]。マッカーネス自身は鶏卵とコーヒーにアレルギー反応が起こるため、食事の席でこれらを避けたという[7]。また、砂糖のような「偽りの食べ物」が食物アレルギーを惹き起こし、これはヒトが暴力的な態度に出る原因となる、と確信していた[7]。
総合診療の現場から去り、ベイジングストーク(Basingstoke)にあるパーク・プレウェット病院(英語版)にて、1965年から1981年まで精神分析医の助手を務める[8]。精神疾患研究の現状について、環境学的な取り組みを発展させようと提案した[8]が、その考えは医療界からは受け入れられなかった[8]。
マッカーネスは、臨床生態学会(Clinical Ecology Group)の創設者の1人であり、これはのちの英国アレルギー環境医学会(British Society for Allergy and Environmental Medicine)の前身である[6]。また、別の団体(The Chemical Victims Association)も設立している[1]。
1996年3月、オーストラリアのモーニントン(英語版)にて、脳卒中で亡くなった[1][8]。