元々アスアドはシリア軍に所属していたが、シリア政府が反政府デモを弾圧し始めたことに不満を持ち、シリア軍を離反した[1]。そうして、アスアドは有志と共に反政府組織である自由シリア軍を創設した[1]。アスアドは「アサド政権が倒れるまで攻撃をやめない」と述べ、「解放」と称しシリア国内でシリア軍との戦闘を始めた[2]。これがシリア内戦の始まりとも言える。
しかし、それ故にアスアドは命を狙われ始め、結果として2013年3月25日早朝にアスアドの近くでアスアドの車が爆発した[3]。アスアドの命は無事だったが、アスアドは片足を失い、アスアドは耐えられず「死にたい」と叫んでいたという[3][4]。
その後アスアドはシリア救国政府に所属していると思われ、シリア救国政府の会議にも参加している[5]。