パリで生まれた。1882年に パリ国立高等美術学校(École nationale supérieure des beaux-arts)で学んでいたとされ[1]、翌年、一年間の兵役に就いた。20代のうちから商業美術の世界へ入り、1890年に出版されたエミール・ゾラの小説の挿絵を描いた[2]。流行歌手、ユージェニー・ビュッフェを描いた1893年のポスターが有名になった[3]。1894年にパリの娯楽雑誌「ル・リール」の表紙絵として当時、流行していた自転車に乗る人々を描いたのを最初に、何度も「ル・リール」の表紙絵を描いた。
1896年にロートレックも参加したアメリカの出版社、Century Co.が主催した、ポスター・コンテストで優勝した[4][5]。その後も多くの小説などの書籍の挿絵を描いた。「ル・リール」の出版社が創刊した新しい雑誌、「Fantasio」にも挿絵を描いた。
国民美術協会などの展覧会に出展した。「ル・リール」の創刊者、フェリックス・ジュヴァン(Felix Juven)が作った風刺画家の協会、"Les Humoristes" が、1905年に開催した協会展、サロン・ド・ウモリステ(Salon des humoristes)の副会長を務めた。
1923年にレジオンドヌール勲章(シュヴァリエ)を受勲した[6]。