リュベルツィ
ロシアの都市
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歴史

リュベルツィが記録に初出したのは1621年のことで、当時はリベリツィ=ナザロヴォ(Либерицы-Назарово)という村であった。もっとも1623年にハザルツェヴォ(Хазарцево)という名で記録に初出したという説もあり、リュベルツィの町の誕生を祝う式典などではこの年代を採る場合も多い。
18世紀初頭にはピョートル1世の友人である政治家・軍人アレクサンドル・メンシコフの領地で、18世紀半ばにはカール・ペーター・ウルリヒ公(後のピョートル3世)の領地となった。19世紀までは農村であったが、19世紀末に隣接するモスクワの人口が激増し、さらにモスクワからリャザンを経てカザンへつながる鉄道がリュベルツィを通ると、リュベルツィはモスクワの衛星都市として発展し、ダーチャ、邸宅、工場などが数多く建ち始めた。
経済
交通
出身者
- ユーリイ・ガガーリンは当地の学校に通っていた。政治家のセルゲイ・アベルツェフの出身地でもある。
- ロシアのロックバンド、リュべー (Любэ) は1989年にリュベルツィで結成された。
- アナトーリイ・プリスターフキン - 作家。代表作に『コーカサスの金色の雲』。
