ルイジ・ディ・ボルボーネ=パルマ
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死去
1967年12月4日(67歳没)
フランス、マンドリュー=ラ=ナプール
子女
ギー
レミ
シャンタル
ジャン
レミ
シャンタル
ジャン
| ルイジ・ディ・ボルボーネ=パルマ Luigi di Borbone-Parma | |
|---|---|
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| 出生 |
1899年12月5日 |
| 死去 |
1967年12月4日(67歳没) |
| 配偶者 | マリーア・フランチェスカ・ディ・サヴォイア |
| 子女 |
ギー レミ シャンタル ジャン |
| 家名 | ブルボン=パルマ家 |
| 父親 | パルマ公ロベルト1世 |
| 母親 | マリーア・アントーニア・デル・ポルトガッロ |
ルイジ・ディ・ボルボーネ=パルマ(Luigi di Borbone-Parma, 1899年12月5日 - 1967年12月4日)は、ブルボン=パルマ家の公子で、オーストリア皇后ツィタの弟。全名はルイジ・カルロ・マリーア・レオポルド・ローベルト(Luigi Carlo Maria Leopoldo Roberto)。フランス語名はルイ・ド・ブルボン=パルム(Louis de Bourbon-Parme)。
最後のパルマ公ロベルト1世と、その2番目の妻でポルトガルの廃王ミゲル1世の娘であるマリア・アントニアの間の第10子、五男として生まれた。父にとっては第22子、10番目の息子である。1939年1月23日にローマにおいて、イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の娘マリーア・フランチェスカと結婚した[1]。