ルイビル・グレイズ

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ルイビル・グレイズ(1876年)

ルイビル・グレイズ (Louisville Grays) は、1876年から1877年まで、アメリカ合衆国ケンタッキー州ルイビルを本拠地とし、メジャーリーグナショナルリーグに所属していたプロ野球チーム。

1876年のナショナルリーグ創設にあわせて結成され、ナショナルリーグに参加した。前年までシカゴ・ホワイトストッキングスに所属していたジム・デブリンが投打の中心だった。デブリンは1876年にナショナルリーグの最多奪三振投手となった。

1877年シーズンもグレイズは序盤好調で、8月にはリーグ首位にいたが、そこから原因不明の7連敗を喫する。最終的にはボストン・レッドストッキングスに首位を明け渡しチームは2位に終わった。チームのオーナーだったチャールズ・チェイスは、8月に2通の匿名の電報を受け取る。その一つは、賭博師が8月21日のハートフォードとの対戦で八百長を仕掛けていることを告げる電報だった。実際に、この試合でルイビルは不可解なエラーから敗戦している。当時のナショナルリーグ会長だったウィリアム・ハルバートは真相の調査に乗り出し、結果ジム・デブリン(投手)、ジョージ・ホール(左翼手)、アル・ニコルズ(ユーティリティ)と、調査に協力しなかった内野手のビル・クレイバーの4名に対し、永久追放処分が下された。チームの主軸を失ったグレイズはわずか2年で解散となった[1]

戦績

年度リーグ試合勝利敗戦勝率順位監督本拠地
1876年NL693036.4555位ジャック・チャップマンLouisville Baseball Park
1877年613525.5832位

所属した主な選手

  • ジム・デブリン - 2年間で通算65勝。1876年の最多奪三振投手。投打の中心だった。

主な球団記録

  • 通算安打数:166(ジム・デブリン)
  • 通算打点数:55(ジム・デブリン)
  • 通算勝利数:65(ジム・デブリン)

関連項目

脚注

外部リンク

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