ルイ・ドロ
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フランスの北端、ノール=パ・ド・カレー地域圏の首府リールの古くからあるブルターニュ人家庭に生まれる。エコール・サントラル・ドゥ・リール大学で地質学者ジュール・ゴスレ (Jules Gosselet) と動物学者アルフレッド・マチュー・ジアールに師事し、その影響を受けた[1]。1877年、工学の学位を得て卒業し5年間鉱山会社で働いたが、同時に古生物学への関心も持ち続けていた。1879年にブリュッセルに移住する。
イグアノドン
1878年からの3年間、ベルギーのベルニサール (Bernissart) 炭鉱で発見された複数のイグアノドン化石の発掘作業を監督した。このときから、鉱山技師としての仕事をしながらも科学的情熱から古生物の研究に没頭するようになった[2]。

1882年にベルギー王立自然史博物館の博物学助手となり、リール自然科学学会 (Société des sciences de Lille) とロンドン地質学会の会員となると、1882年から1885年までは同博物館の脊椎動物化石部門長としてイグアノドンの骨格復元作業に携わった。はじめの一体はドロが作業場に使っていた古い教会のインテリアとして組立てられ、最終的に完成した12体の復元骨格は王立自然史博物館の主要展示物のひとつとなった。またこの頃リール大学 (Université Lille Nord de France) の元教授であるアルフレッド・マチュー・ジアールとも共同作業を行っている。
ドロの法則
1890年頃、ドロは後に「ドロの法則」と呼ばれる、進化の不可逆性についての仮説を唱えた[3]。これは、進化の過程で失われた一構造や一器官はその後の進化において再獲得されることはないとする説で、2003年にマイケル・F・ホワイティング (Michael F. Whiting) が数百万年前に翅を失いながら再び翅を獲得した昆虫を発見するまでは広く受容された説であった[4]。だが2009年に発表されたグルココルチコイド受容体に関する研究結果から、ドロの法則は分子レベルの分野では再評価されることとなった[5]。
古生物学
ドロは化石となった生物を生態系の一部と見なした最初の人であり、もう一人の有名な初期古生物学者であるオテニオ・アーベルにも幅広く協力するなど、古生物学の発展に尽力した。1909年からブリュッセル自由大学で古生物学を教え、1912年にマーチソン・メダルを受賞した。