括弧内はルジェフ公位への在位年。
- トロペツ公家系(ヤロスラフ以降は仮説[1])
- フォミン公家系
- ユーリー・コンスタンチノヴィチ
- フョードル・ユーリエヴィチ(ru)(? - 1315年?)
- フョードル・コンスタンチノヴィチ(ru)
- フョードル・フョードロヴィチ(ru)[3](? - 1315年[4])
ルジェフ公国がモスクワ大公国領となって公位は消滅し、子孫はルジェフスキー家(ru)として存続した。なお、トロペツ公家系、フォミン公家系は共にスモレンスク公家(スモレンスク・ロスチスラフ家(ru))に連なるリューリク朝の一系統である。