ルズヴィ・カルステン
From Wikipedia, the free encyclopedia
クリスチャニア(現在のオスロ)で、建築業のハンス・ハインリヒ・カルステン(Hans Heinrich Karsten)の息子に 生まれた[1]。兄のハインリヒ・カルステン(Heinrich Karsten: 1873–1947)は建築家として知られ、姉のマリー・カルステン(Marie Karsten: 1872–1953)は家具などのデザイナーとして知られている。
裕福な家庭で育ち[2]、13歳から絵を学び、17歳で友人の画家ハルフダン・エゲディウス(Halfdan Egedius: 1877-1899)とノルウェー南部のテレマルクで風景画などを描いた。1895年に中等学校を卒業後、ローマやフィレンツェ、ミュンヘンを旅した。1896年にはスペインを旅し、しばらくマドリードに滞在した。1898年にノルウェーに戻り数ヶ月間軍役についた。その後ミュンヘンで活動し、1900年にはパリに渡り人物画を学んだ。1901年にノルウェーに戻り、港町のアスガルトストランドで作品を描き、クリスチャニアの展覧会に出展した。
その後、再びパリで修行するが、酒好きで詩人ニルス・フォークトとの喧嘩の後、パリに住む1ノルウェーの芸術家の間では好ましくない人物となった。エドヴァルド・ムンク(1863-1984)やアンリ・マチス(1869-1954)やフランスの前衛的な画家たちの影響を受けた。1904年にクリスチャニアの画廊で個展を開き批評家たちの間で賛否両論と評価を受けた[3]。
1910年からは主にデンマークのコペンハーゲンで活動し、1913年にデンマークの彫刻家ミッセ・ハスルンド(Misse Haslund1886–1943)と結婚するが、1917年に離婚した。1920年には多くの画家が活動したデンマーク北部の漁村スカーエンに家を購入した。
1926年にパリで急な階段から転落する事故で亡くなった。
