ルドルフの治世は動乱の時代であった。ルドルフは次第に強大化していった貴族を押さえることができず、また、ブルゴーニュ伯オット=ギヨーム側勢力や皇帝ハインリヒ2世による侵略に対処せねばならなかった。1016年、ハインリヒ2世はルドルフと交渉し、ルドルフの後継者となることに成功した[1]。
ハインリヒ2世が死去した後、次のローマ王コンラート2世もまた、自らを後継者とするようルドルフと交渉した[2]。このことでハインリヒはルドルフ側の貴族であるブロワ伯ウード2世やブルゴーニュ伯ルノー1世と争うこととなった[2]。
ルドルフは最初、アギルトルートと結婚、1016年頃、二度目にプロヴァンス伯ルボー2世の寡婦エルメンガルトと結婚した[3]。ルドルフは1032年に61歳で嗣子なく死去した。コンラート2世はブルグント王国の王位を主張し、王国を神聖ローマ帝国に併合した。