ルドルフ・ブリスケ From Wikipedia, the free encyclopedia ルドルフ・ブリスケ ルドルフ・ブリスケ(Rudolf Briske、1884年7月 - 没年不詳)は、大正時代の日本で活躍したドイツの鉄道技術者である。姓はブリスクとも表記される。 ブレスラウ(当時はドイツ領、現在はポーランドのドルヌィ・シロンスク県の県都でポーランド語でヴロツワフと改称されている)の生まれ。ベルリン大学卒業後、ベルリン高速度鉄道会社に勤務し、後にシーメンス・バウ・ユニオン会社(ドイツ語版)に転勤する。 1923年(大正12年)同社の東京営業所からの依頼により来日し、主任となった。 翌1924年(大正13年)東京地下鉄道に雇われ、早川徳次、古市公威、野村龍太郎らと共に浅草 - 上野間(現在の東京メトロ銀座線)の設計に携わった。同時に日本で初の外国人地下鉄技師となり、一躍有名となった。 1927年(昭和2年)任期満了により帰国した。帰国後はシーメンス・バウ・ユニオン会社の技師長等を務めた。 出典 デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『ブリスク』‐ コトバンク 朝日日本歴史人物事典(朝日新聞出版)『ブリスク』‐ コトバンク 外部リンク 鉄道人物伝 (PDF) - ルドルフ・ブリスケ、早川徳次らの写真が掲載されている。 典拠管理データベース 全般 ISNI VIAF 国立図書館 ドイツ 人物 ドイッチェ・ビオグラフィー Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks