ルパート・キャリントン (第4代キャリントン男爵)

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第4代キャリントン男爵ルパート・クレメント・ジョージ・キャリントン英語: Rupert Clement George Carington, 4th Baron Carrington, CVO, DSO, DL 1852年12月18日1929年11月11日)は、イギリス貴族政治家軍人サッチャー内閣英語版外務・英連邦大臣を務めた第6代キャリントン男爵ピーター・キャリントンは孫。

父、第2代キャリントン男爵ロバート・キャリントン英語版と母シャーロット・オーガスタ・アナベラ(第22代ウィロビー・ド・アーズビー男爵ピーター・ドラモンド=バレル英語版の次女)の間に三男として生まれる。

1879年、近衛歩兵第1連隊所属の陸軍中尉としてズールー戦争に従軍。1899年に勃発した第二次ボーア戦争にも、第3ニューサウスウェールズ帝国ブッシュマン(3rd New South Wales Imperial Bushmen)の指揮官として参加した。これにより1902年に殊功勲章を受章[1]

1880年の総選挙英語版自由党から出馬し当選[2][3]。5年間議員として活動した[4]

1928年に兄であるリンカンシャー侯爵ロバート・ウィン=キャリントンが死亡した。彼唯一の男子であったウェンドーヴァー子爵チャールズ・ロバート・ウィン=キャリントンが第一次世界大戦で戦死[5]していたため、キャリントン伯爵位とリンカンシャー侯爵位は断絶し、ルパートがキャリントン男爵位のみを継承した[6][7]が、翌年に76歳で死去。息子のルパート英語版が襲爵した。

栄典

家族

脚注

外部リンク

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