ルーファス・スティール
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1877年(明治10年)に生まれる[1]。生地は不詳[1]。
前歴不詳、満38歳を迎える1915年(大正4年)、パラマウント映画配給のサイレント映画 Rule G にストーリーを提供しているのが映画史に残る最初の記録である[1]。同年にユニヴァーサル・フィルム・マニュファクチュアリング・カンパニー(現在のユニバーサル・ピクチャーズ)が設立した子会社・ブルーバード映画が製作したグレイス・カーライル主演のサイレント映画 The Eagle's Wing にストーリーを提供、ロバート・Z・レナードとともに共同監督として名を連ねている[1]。同作は、多くの作品が日本公開されたブルーバード映画のなかの数少ない日本未公開作である[2]。翌1917年(大正6年)、ヴァイタグラフ・カンパニー・オヴ・アメリカ(ヴァイタグラフ・スタジオ)が製作したメアリー・アンダーソン主演、ウィリアム・ウォルバート監督のサイレント映画 The Divorcee にストーリーを提供した[1]。
ルーサー・リードとヘイル・ハミルトンが執筆、1921年(大正10年)初演の戯曲 Dear Me を映画向けに翻案、1923年(大正12年)、ケンマ・コーポレーション製作、パラマウント映画配給、マッジ・ケネディ主演、ヘンリー・コルカー監督のサイレント映画 The Purple Highway として発表[1]、同作は日本でも『紫雲の彼方へ』のタイトルで公開されている[3]。
おもなフィルモグラフィ
- Rule G : 監督ジョージ・W・ローレンス / G・M・ノーブル、脚本不明、主演キャスリーン・エマーソン、1915年 - 原作
- The Eagle's Wing : 脚本不明、主演グレイス・カーライル、1916年 - 原作、ロバート・Z・レナードと共同で監督
- The Divorcee : 監督ウィリアム・ウォルバート、脚本不明、主演メアリー・アンダーソン、1917年 - 原作
- 『紫雲の彼方へ』 The Purple Highway : 監督ヘンリー・コルカー、原作戯曲ルーサー・リード / ヘイル・ハミルトン、主演マッジ・ケネディ、1923年 - 翻案