ルー・バーロウ
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| ルー・バーロウ
Lou Barlow | |
|---|---|
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Barlow performing in 2018 | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | Louis Knox Barlow |
| 生誕 | 1966年7月17日(59歳) |
| 出身地 |
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| ジャンル |
オルタナティヴ・ロック インディー・ロック スラッカー・ロック ハードコア・パンク |
| 職業 |
ミュージシャン シンガーソングライター |
| 担当楽器 |
ボーカル ギター ベース パーカッション キーボード ドラム ウクレレ |
| 活動期間 | 1982 - |
| レーベル | |
| 共同作業者 |
ダイナソーJr. セバドー フォーク・インプロージョン |
ルー・バーロウ(Louis Knox Barlow、1966年7月17日 - )はアメリカ合衆国出身のミュージシャン。ダイナソーJr.、セバドー、フォーク・インプロージョンの創設メンバーであり、1980年代後半から1990年代前半において、ロックのローファイスタイルの草分け的存在とされている[1]。彼の最初のバンドは、マサチューセッツ州アマーストで結成されたディープ・ウーンドであった。
これまでに4枚のソロ・アルバムをリリースしている。
生い立ち
オハイオ州デイトンで生まれ、ミシガン州ジャクソン、マサチューセッツ州ウェストフィールドにて育つ[2][3]。
ダイナソーJr.
マサチューセッツ州ウェストフィールドの高校に入学し、そこでスコット・へランドと出会う。二人はハードコア・パンクバンド、ディープ・ウーンドを結成する。続いて、彼らの「凄い速さで演奏したいドラマー求む」という広告に応じ、J・マスシスが加入する[4]。その後、彼らはハードコアの中の制約に幻滅し、ディープ・ウーンドは1984年に解散した。同年、マスシスとバーロウは、ダイナソー(後のダイナソーJr.)を結成するため再会する。ダイナソーJr.の初期キャリアを通して、二人は互いの性格によって対立し、1988年にサード・アルバム『バグ』をリリースし、最初のサポート・ツアーを行った後、バーロウはバンドを解雇された[5]。
2005年、バーロウはオリジナル・ドラマーであるマーフとともにダイナソーJr.に再加入した。それ以来、バンドは初期の三作のアルバムをリイシューし、世界中を幅広くツアーでまわり、『ビヨンド』、『ファーム』、『アイ・ベット・オン・スカイ』、『ギヴ・ア・グリンプス・オブ・ホワット・ヤー・ノット』、『スウィープ・イット・イントゥ・スペース』の5枚のスタジオアルバムをリリースしている [6]。
セバドー、セントリドー、フォーク・インプロージョン
ダイナソーJr.脱退後、バーロウは以前にマルチプレイヤーのエリック・ガフニーと結成した自身のバンド、セバドーに注力するようになる。このバンドは、ローファイな録音技法を取り入れ、バーロウの内省的で心情を吐露したソングライティングとガフニーの不協和音的なノイズのコラージュを組み合わせた[6]。ベーシストでソングライターのジェイソン・ルーヴェンスタインが1989年に加入した。セバドーの初期のリリースには「The Freed Man」(1989年)と「Weed Forestin'」(1990年)があるが、後者は元々バーロウがセントリドー(Sentridoh)名義でセルフリリースしたものである。両アルバムは公式にはホームステッド・レコードからリリースされ、続くサード・アルバム『セバドーⅢ』は「ローファイ」のサブジャンル確立に貢献し、1990年代のインディーロックの決定的な作品となった[7]。1990年代を通し、バンドは数枚のスタジオアルバムをサブポップからリリースした。
セバドーが人気と批評家の称賛を高めていく中、バーロウはサイドプロジェクト、セントリドーの活動を続けた。このプロジェクトでは、セバドーの最初の3枚のアルバムに似た宅録の音源が中心だったが、単独での録音が多く、音質も不安定なものであった。セントリドーは1990年代前半にカセット限定のアルバム3作をShrimper Recordsからリリースした。これらの総集編は後に「Winning Losers: A Collection of Home Recordings 89–93」(1994)や「Another Collection of Home Recordings」(1994)といったコンピレーション盤CD、レコードに収録された。1993年、セントリドーはソニック・ユースのスティーヴ・シェリーが設立したレーベル、Smells Likeから著名なシングル『Losercore』をリリースした。バーロウは本作を「俺のリリースの中で最も細かく仕上げられている」と言い、「見た目もサウンドも素晴らしいものにしてくれた」とシェリーに感謝を述べた[8]。 その後、自身のレーベルLoobiecoreを含め、様々なレコード・レーベルから数多くのセントリドーのリリースが続いた。
1994年、バーロウはシンガーソングライターのジョン・デイヴィスと共にフォーク・インプロージョンを結成。バンドはシングルとEPを数枚リリースした後、1995年にはラリー・クラーク監督の映画『KIDS/キッズ』のサウンドトラックであった楽曲『Natural One』がチャートのトップ40入りした。この曲は現在の彼の最も商業的にヒットした曲である。
1999年にセバドーの7枚目のアルバムである『The Sebadoh』をリリースした後、バンドは活動を休止し、メンバーはそれぞれのプロジェクトに進んだ。バーロウはフォーク・インプロージョンでの活動を続け、1999年に『One Part Lullaby』をリリースした。2000年にはフォーク・インプロージョンを休止し、ベルギーのミュージシャン、ルディ・トルーヴェとアルバム『Subsonic 6』でコラボレートした。2003年、ギターにイマッド・ワシフ、ドラムにセバドーのドラマーであるラス・ポラードを迎え、『The New Folk Implosion』をリリースした。同年、映画『ローレル・キャニオン』にミュージシャンとして出演した。2004年の春、バーロウはルーヴェンスタインと短期間セバドーを再結成し、「Turbo Acoustic」ツアーを行った。そのツアーの最中に、J・マスシスとも再会し、かつてのディープ・ウーンドのボーカリストであるCharlie Nakajimaとともに「Video Prick」を演奏した。この演奏が2005年のダイナソーJr.の本格的な再結成につながり、2005年4月15日には、オリジナルメンバーのバーロウ、マスシス、マーフでザ・レイト・レイト・ショー・ウィズ・クレイグ・ファーガソンにて「The Lung」を披露し、その翌日の夜にはロサンゼルスのクラブSpacelandで演奏した。その後バンドは年間を通してアメリカとヨーロッパでツアーを行って公表を博し、2006年には日本、オーストラリア、ニュージーランドに向かった。2007年、バーロウはルーヴェンスタイン、ガフニーと再会し、14年ぶりに定番のラインナップでのセバドーのライブを行った。2013年、セバドーは14年ぶりの新曲を発表した。新曲は、2013年9月にリリースされたニューアルバム『Defend Yourself』の先行EPとして発売された。EP、フルアルバムともにJoyful Noise Recordingsからリリースされた[9]。
その他のコラボレーション
- ベルギーのミュージシャン、ルディ・トルーヴェとのインストゥルメンタル・スプリット・アルバム、『Subsonic 6』(2000)をリリース。
- ドイツのインディーロックバンド、Sharon Stonedのアルバム『License to Confuse』(1995)の収録曲「Some」にゲスト・ボーカルで参加した。
- Production Clubのアルバム『Follow Your Bliss』(2003)の収録曲「My Brother Moves」と「Everything You Know Is Wrong」にゲスト・ボーカルで参加した。
- The 6thsのアルバム『Wasps' Nests 6 6/6"』の収録曲「In the City in the Rain」にゲスト・ボーカルで参加した。
- Supreme Dicksのアルバム『The Unexamined Life』(1993)の収録曲「Strange Song」でベースを演奏した。
ソロ活動
バーロウは2005年1月、自身の名義での最初のアルバム『Emoh』をマージ・レコードからリリースした。本作は、セバドーのメンバーであるジェイソン・ルーヴェンスタインやラス・ポラード、妹のアビー・バーロウといった長年のコラボレーターを起用しており、バーロウの従来の多くのソロ作品よりも作り込まれている。ピッチフォークのJason Crock氏は本作を「彼のリリースでフォーク・インプロージョンの『One Part Lullaby』以来最も安定して強固なレコード」と評し、「たとえ本作のほとんどが家で録音されたものでも、『Emoh』の14曲のフォークソングはプロのセッティングで作られたように聴こえる」と記した[10]。2005年の11月、バーロウはアルバムのプロモーションとしてイベリア半島をツアーした。
バーロウは2009年10月、彼の2作目のソロアルバム『Goodnight Unknown』をマージ・レコードよりリリースした。本作はAndrew Murdockがプロデュースし、ギターにImaad Wasif、ドラムスでメルヴィンズのデイル・クローヴァー、マーフなど多くのゲストミュージシャンが参加している。バーロウは2009年の秋、アメリカでアルバムのためのツアーを行い、オープニングをダイナソーJr.が務めた。バーロウのバックバンドはThe Missingmenが担当した。
バーロウの3作目のソロアルバム『Brace the Wave』は、2015年9月4日にJoyful Noise Recordingsからリリースされた。 本作は、マサチューセッツのSonelab StudiosでダイナソーJr.のサウンドエンジニアを務めたJustin Pizzoferratoのもと、6日間で録音された。『Brace the Wave』の収録曲では、バーロウによるウクレレの演奏がフィーチャーされている。また、ポラロイドで撮影された100枚の自画像がVIPエディションのレコード盤に付属された。[11][12]