レイモンド・スティーヴンス
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最初はボクシングをやりたいと思っていたが、10歳の時に柔道をめめしいスポーツと思いながらも始めた。しかし、すぐにそうではないことを思い知らされた。後にボクサーのマイク・タイソンと会った時に柔道は最もタフなスポーツの1つだと言われたこともあった[2]。
1988年までは86kg級の選手だったが、翌年95kg級に階級を上げた。1992年バルセロナオリンピックでは伏兵ながらも準決勝でポーランドのパウエル・ナツラを判定で破るなどして決勝まで勝ち進むが、ハンガリーのアンタル・コバチに有効2つと効果を取られて敗れたものの、銀メダルを獲得した[1]。1996年アトランタオリンピックでは2回戦で敗れた[1]。
引退後はロンドンの柔道道場「武道会」のコーチとなり、そこではデュランデュランのサイモン・ル・ボンとその妻でモデルでもあるヤスミン・ル・ボン、歌手で女優のカイリー・ミノーグ、外務・英連邦大臣を務めるウィリアム・ヘイグ、陸上1500mオリンピック金メダリストのセバスチャン・コー、映画監督のガイ・リッチーなどのセレブにも指導を行った[2]。
また、柔道以外にBJJにも取り組んで、ホジャー・グレイシーから黒帯を取得した[3]。
さらには、Ray Stevens Judo and Fitness Clubsを設立して、そこでは柔道、BJJ、MMA、キックボクシングなどの格闘技及びフィットネスを教えている[3]。