レイモンド・スティーヴンス

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レイモンド・スティーヴンス(Raymond Stevens、1963年7月26日 - )はイギリスサリー出身の柔道選手。現役時代は95kg級の選手。身長は183cm[1]

最初はボクシングをやりたいと思っていたが、10歳の時に柔道をめめしいスポーツと思いながらも始めた。しかし、すぐにそうではないことを思い知らされた。後にボクサーのマイク・タイソンと会った時に柔道は最もタフなスポーツの1つだと言われたこともあった[2]

1988年までは86kg級の選手だったが、翌年95kg級に階級を上げた。1992年バルセロナオリンピックでは伏兵ながらも準決勝でポーランドのパウエル・ナツラを判定で破るなどして決勝まで勝ち進むが、ハンガリーのアンタル・コバチに有効2つと効果を取られて敗れたものの、銀メダルを獲得した[1]1996年アトランタオリンピックでは2回戦で敗れた[1]

引退後はロンドンの柔道道場「武道会」のコーチとなり、そこではデュランデュランサイモン・ル・ボンとその妻でモデルでもあるヤスミン・ル・ボン、歌手で女優のカイリー・ミノーグ外務・英連邦大臣を務めるウィリアム・ヘイグ、陸上1500mオリンピック金メダリストのセバスチャン・コー、映画監督のガイ・リッチーなどのセレブにも指導を行った[2]

また、柔道以外にBJJにも取り組んで、ホジャー・グレイシーから黒帯を取得した[3]

さらには、Ray Stevens Judo and Fitness Clubsを設立して、そこでは柔道、BJJ、MMAキックボクシングなどの格闘技及びフィットネスを教えている[3]

主な戦績

脚注

外部リンク

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