レオニード・ニコラーエフ
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1878年、キエフ生まれ。キエフ音楽学校でピアノをヴラディミール・プハリスキーに学び、音楽理論をエフゲニー・リブに学ぶ。1897年にモスクワ音楽院に入学し、ピアノをワシーリー・サフォーノフ、作曲をセルゲイ・タネーエフとミハイル・イッポリトフ=イヴァノフのクラスで学ぶ。1900年に同音楽院を卒業。
長年にわたってペテルブルク音楽院でピアノ科教授を勤め、成功しなかったものの一時期、院長にも就任した。著名な門人にヴラディーミル・ソフロニツキーやマリヤ・ユーディナ、ディミトリー・ショスタコーヴィチがいる[1]。
親交を結んでいたショスタコーヴィチは、ニコラーエフを「一流の音楽家にして、叡智と博学の人として尊敬し」て[2]、「彼はピアニストだけではなく、第一に思考する音楽家を養成したのだ。狭い専門分野といった特殊な意味では、彼は何の流派も創り出さなかった。ピアノ芸術の領域に、幅広い美学的な傾向を具体化して発展させたのだ」と述懐した[1]。ショスタコーヴィチの《ピアノ・ソナタ第2番》はニコラーエフに献呈されている。
受賞
- 1939年:労働赤旗勲章
- 1938年:ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国人民芸術家
- ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国名誉芸術家