レオンス・コーエン
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コーエンはパリでアルザスの商人の一家に生まれた。父はパリのボンディ通りに陶器店を引き継いでおり、後には12区に所在するロートシルト病院の初代病院長になった人物である。母のメルリーヌ・ヴェイユ(1805年-1875年)はベン=レヴィとして知られる作家のゴジョー・ヴェイユ(Godcheaux Weil)のきょうだい、アドルフ・クレミューの従兄妹で、さらにアンリ・ベルクソンとマルセル・プルーストから見ると大叔母にあたる。
13歳からパリ音楽院で学び始め、ヴァイオリンを専攻した。またフランソワ・ブノワのオルガンの講座を受講し、エメ・ルボルネに作曲の指導を仰いだ。コーエンは1852年にカミーユ・サン=サーンスを破って、カンタータ『Le Retour du Virginie』(Bailly du Rolletのリブレット)でローマ賞を受賞している。
学生時代にコーエンはパリのイタリア座のヴァイオリニストを務めた。ローマ滞在後には荘厳ミサを作曲し、ジャック・アレヴィに称賛された。1855年にパリへ戻ると、イタリア座に加えてヴォードヴィル座へもヴァイオリニストとして参加した。1875年以降はパリ音楽院管弦楽団のヴァイオリニストを務めた。
1858年にはオペレッタ『Mam'zelle Jeanne』がブフ・パリジャン座で初演を迎え、1866年には『Bettina』が続いた。1862年には『École du musicien, ou solfège théorique et pratique, avec accompagnement de piano』(音楽教室、または理論的・実践的ソルフェージュ、ピアノ伴奏つき)を上梓、作品はアンブロワーズ・トマに捧げられた。
パリにて没。