レッキーのヤンガー子爵
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| レッキーのヤンガー子爵 Viscount Younger of Leckie | |
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Arms:Parted per saltire Or and Gules a Rose counterchanged in base Martlet Sable on a Chief Azure three Covered Cups Or Crest:An Armed Leg couped at the thigh proper garnished and spurred Or Supporters:Dexter: a Lion rampant Sable; Sinister: a Wolf Argent; both armed and langued Gules
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| 創設時期 | 1923年2月20日 |
| 創設者 | ジョージ5世 |
| 貴族 | 連合王国貴族 |
| 初代 | 初代子爵ジョージ・ヤンガー |
| 現所有者 | 4代子爵ジェームズ・ヤンガー |
| 付随称号 | (レッキーの)準男爵 |
| 現況 | 存続 |
| モットー | Labentibus Junior Annis (Younger as the years go by) |
レッキーのヤンガー子爵(英: Viscount Younger of Leckie)はイギリスの子爵、貴族、連合王国貴族爵位。政治家ジョージ・ヤンガーが叙位されたことに始まる。


政治家ジョージ・ヤンガー(1851-1929)はスコットランド統一党党首を務めたのち、1923年に連合王国貴族としてクラックマナン州アロアにおけるレッキーのヤンガー子爵(Viscount Younger of Leckie, of Alloa in the County of Clackmannan)に叙された[1][2][3]。彼はこの叙爵に先立つ1911年に(レッキーの)準男爵(Baronet, of Leckie)を授けられていたため、この準男爵位も子爵位に従属している[1][4]。彼ののちはその長男ジェームズがその後を襲ったほか、以降は初代子爵の直系男子によって爵位は継承されている[1]。
なかでも4代子爵ジョージ(1931-2003)は保守党の政治家として活動して、国防相やスコットランド担当相といった要職を歴任した[1][5]。彼は襲爵前の1992年7月7日にカイル及びキャリック区エアーにおけるプレストウィックのヤンガー男爵(Baron Younger of Prestwick, of Ayr in the District of Kyle and Carrick)に叙されたが、この爵位は一代貴族爵位であったため彼の死とともに消滅している[1][6]。
その息子である5代子爵ジェームズ(1955-)も父同様に保守党の政治家であり、2010年の互選によって貴族院に籍を置く92人の世襲貴族となった[1][7]。2019年から翌年にかけて第一次ジョンソン内閣下の住宅・コミュニティ・地方自治担当政務次官を務めている[7]。
紋章に刻まれるモットーは『時の移ろうほどに若く(Labentibus Junior Annis)』であり、家名であるヤンガー(Younger)に引っ掛けた駄洒落となっている[1]。

