ロド (彫刻家)

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ロド
Rodo
ジュネーブにあるロドが制作した自分の胸像
生誕 1863年4月2日
スイス、ヴヴェイ
死没 1913年5月23日
ドイツ、ミュンヘン
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ベルン連邦院前のロド制作の彫像()

ロドことオーギュスト・ド・ニーダーホイゼルン(Rodo、本名: Auguste de Niederhäusern、1863年4月2日 - 1913年5月23日)は、スイス出身の彫刻家である。

スイス西部、ヴォー州ヴヴェイの実業家の息子に生まれた。ジュネーブの工芸学校で学んだ後、1886年にパリに移り、私立の美術学校、アカデミー・ジュリアンアンリ・シャピュ(Henri Chapu)、パリ国立高等美術学校アレクサンドル・ファルギエール(Alexandre Falguière)に学んだ。この後、パリで生涯を過ごすことになった。パリの友人には彫刻家のアントワーヌ・ブールデルフランソワ・ポンポン、スイス出身の画家、フェルディナント・ホドラーらがいた。

1892年から象徴主義の芸術家の展覧会、「薔薇十字サロン展」(salons de la Rose-Croix)に参加し、6年間、オーギュスト・ロダンの工房で働いた。ロダンの影響から「ロド」の名前で活動するようになった。

1895年にポール・ヴェルレーヌの記念碑の依頼を受け、1911年に完成しリュクサンブール公園に設置された。1900年のパリ万国博覧会にフェルディナント・ホドラーとジョルジュ- ファヴォンの胸像を出展し、金メダルを受賞した。そのほかにジョヴァンニ・ジャコメッティやクーノ・アミエといったスイス出身の画家たちの胸像も制作している。

1900年から1902年の間、スイス、ベルンの連邦院の広場のために作品を制作した。1910年にチューリッヒ美術館で開催された全国美術展(Nationalen Kunstausstellung)に2つの彫刻を展示した[1]。1912年にレジオンドヌール勲章を受勲した。1913年、仕事でミュンヘン滞在中に死去した。50歳であった。

作品

脚注

参考文献

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