ロバーツ (モニター・初代)
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| 艦歴 | |
|---|---|
| 発注 | 1914年11月21日 |
| 起工 | 1914年12月17日 |
| 進水 | 1915年4月15日 |
| 就役 | 1915年5月21日 |
| 退役 | 1919年5月26日 |
| その後 | 1936年9月に売却 |
| 除籍 | |
| 性能諸元 | |
| 排水量 | 6,150トン |
| 全長 | 334.5 ft (102.0 m) |
| 全幅 | 90 ft (27 m) |
| 吃水 | 10.2 ft (3.1 m) |
| 機関 | |
| 最大速 | 6ノット (11 km/h) |
| 乗員 | 198名 |
| 兵装 | 14インチ砲2門、 12ポンド砲2門、 3ポンド対空砲1門、 2ポンド対空砲1門、 14インチ砲2門(1918年増設) 6インチ砲1門(1918年増設) 12ポンド対空砲2門(1918年増設) 3インチ対空砲1門(1918年増設) |
艦歴
ウォールゼンド・オブ・タインのスワン・ハンター&ウィガム・リチャードソン社で建造[4]。1914年12月17日起工[5]。1915年4月15日進水[5]。同年5月21日に就役し、6月14日竣工[6]。
アバクロンビー級モニターは4隻ともガリポリの戦いへの投入が決まり、「ロバーツ」は1915年6月28日にプリマスより出発し、巡洋艦「エンディミオン」に曳航されて7月15日に現地に到着した[7]。
ガリポリの戦いが終わると、アバクロンビー級4隻のうち「ロバーツ」と「ハヴロック」はイギリスに戻された[8]。2隻は1916年2月14日にリムノス島を離れ、4月にイギリスに戻った[8]。
4月24日のドイツ海軍によるローストフト襲撃を受けて2隻のモニターはローストフトとヤーマスに配備されることとなり、「ロバーツ」はヤーマス配備となった[8]。以後、一時期を除いて終戦までヤーマスにあった[8]。1917年6月にはタイン川で入渠し、そのあと10月に戻るまでテムズ川河口にあった[8]。また、1918年7月にはポーツマスでプロペラ換装が行われた[8]。
戦後の1919年5月26日に除籍[9]。
水中防御構造の試験などに用いられた後、T. W. ウォード社がスクラップとして購入していた客船「マジェスティック」を兵の居住用として取得するための交換用の艦船の一隻として1936年にウォード社に引き渡された[10]。