ロバート・カイリュー

From Wikipedia, the free encyclopedia

ロバート・カイリュー
2019年のカイリュー
生誕 (1947-01-26) 1947年1月26日(79歳)
ベルギーの旗 ベルギー トンゲレン
出身校 ゲント大学
ミシガン大学
公式サイト www.cailliau.org
テンプレートを表示

ロバート・カイリュー(Robert Cailliau[注釈 1]1947年1月26日 - )は、ベルギー情報工学者である。1987年、欧州原子核研究機構 (CERN) において、後のWorld Wide Web (WWW) に先行する最初のハイパーテキストシステムを提案した[1]。WWWという名称が生まれる以前からティム・バーナーズ=リーとともに開発に取り組み、両者はACMソフトウェアシステム賞を共同受賞している。WWWの歴史的なロゴをデザインし、1994年にはCERNで第1回国際WWW会議英語版を主催[2]。さらに1995年には、WWWの開発をCERNからWorld Wide Web Consortium (W3C) に移管する際に重要な役割を果たした[3]。ジェームズ・ギリース著『How the Web Was Born』では共著者として名を連ねており、同書はWWWの起源を詳述した初の書籍として知られている。

カイリューはベルギーのトンゲレンに生まれ、1958年に両親とともにアントウェルペンへ移り住んだ。高校卒業後、1969年にゲント大学を卒業し、土木工学・機械工学・電気工学(オランダ語:Burgerlijk Werktuigkundig en Elektrotechnisch ingenieur)の学位を取得した。1972年にはミシガン大学にてコンピュータ・情報・制御工学 (Computer, Information and Control Engineering) の理学修士号 (MSc) を取得している[4]

ベルギー陸軍での兵役期間中は、部隊移動をシミュレートするFortranプログラムの保守を担当した[4][5]

3つの「W」を重ねたロゴの上部に「Let’s Share What We Know」というスローガン、下部に「World Wide Web」の文字が記されている。
ロバート・カイリューがデザインしたWorld Wide Webの初期ロゴ[6]

1974年12月、欧州原子核研究機構 (CERN) にフェローとして着任し、陽子シンクロトロン (PS) 部門で加速器制御システムの更新プロジェクトに参加した。1987年4月にPS部門を離れ、データ取扱部門のオフィスコンピューティングシステムグループのリーダーに就任した[7]。1989年、ティム・バーナーズ=リーがCERN内外の多様な文書へのアクセスを目的としたハイパーテキストシステムを提案した[8]。バーナーズ=リーは1990年9月から12月にかけてこのシステムを構築し、「World Wide Web」と名付けた。この間、カイリューはバーナーズ=リーと共同でプロジェクトの資金調達提案書を作成している[9]。その後、カイリューはCERNにおけるウェブ活動の主要な推進者となり、UNIX系OSやClassic Mac OSを含む複数のオペレーティングシステム上でブラウザを開発・支援する学生プロジェクトを運営した[10]ニコラ・ペロー英語版とともに、Classic Mac OS向けの世界初のウェブブラウザMacWWW」の開発にも携わった[9][11][12][13]

1993年には、フラウンホーファー研究機構と協力し、欧州委員会による初のウェブを用いた欧州向け情報発信プロジェクト「WISE」を開始した。

CERN法務部門との連携の結果、1993年4月30日、CERNの将来研究担当ディレクターであるヴァルター・ホーグランドが、ウェブ技術をパブリックドメインとして公開する公式文書に署名した[14]

同年12月、カイリューは第1回国際WWW会議英語版の開催を提唱し、1994年5月にCERNで開催された[9][15][16]。定員を大幅に上回る応募があり、380人のウェブ先駆者が参加したこの会議は、ウェブ発展の転換点となった。この会議を契機に国際WWW会議運営委員会英語版 (International World Wide Web Conferences Steering Committee) が設立され、以降、毎年会議を開催している。カイリューは1994年から2002年まで同委員会の創設メンバーを務めた。

1995年、欧州委員会とともに「Web for Schools英語版」プロジェクトを立ち上げ、教育資源としてのウェブ導入を推進した。CERNからWorld Wide Web Consortium (W3C) へのウェブ開発移管を支援した後は、広報活動に注力した。2007年1月にCERNを退職している。

カイリューは、汎ヨーロッパの政治運動「Newropeans英語版」の活動的なメンバーであり、ルカ・コミナッシとともに欧州の情報社会に関する提案を起草した[17]

彼はまた、World Wide Webの過去と未来をテーマとする講演活動を行い、数多くの国際会議で基調講演を務めている。現在はCERN IdeaSquareの外部協力員として活動している。

受賞歴

ジャン=フランソワ・アブラマティック(中央)、ティム・バーナーズ=リー(右)と

著書

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI