ロバート・カリュー (第2代カリュー男爵)
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初代カリュー男爵ロバート・シャップランド・カリューと妻ジェーン・キャサリン(Jane Catherine、旧姓クリフ(Cliffe)、1798年12月 – 1901年11月12日、アンソニー・クリフの娘)の息子として、1818年1月28日にダブリンで生まれた[1]。イートン・カレッジで教育を受けた後[1]、1836年1月23日にオックスフォード大学クライスト・チャーチに入学した[2]。
ホイッグ党に所属し、1840年から1847年までカウンティ・ウォーターフォード選挙区の代表として庶民院議員を務めた[1]。
1847年4月5日、ウェックスフォード民兵隊隊長に任命された[3]。1849年、ウォーターフォード県長官を務めた[1]。ほかにもウォーターフォード県の治安判事、ウェックスフォード県長官を歴任した[4]。
1856年6月2日に父が死去すると、カリュー男爵位を継承した[1]。同年7月5日にウェックスフォード統監に任命され[5]、1881年に死去するまで務めた[6]。1859年1月12日、ウェックスフォード首席治安判事に任命された[7]。
1876年時点でウェックスフォード県に17,830エーカーの、ウォーターフォード県に1,953エーカーの、クイーンズ・カウンティ(現リーシュ県)に1,098エーカーの、ウォーターフォード市に1エーカーの領地を所有し、合計で年収11,714ポンド相当だった[4]。
1881年9月8日にベルグレイヴィアのベルグレイヴ・スクエア28号で死去、カースル・ボロで埋葬された[1]。長男ロバート・シャップランド・ジョージ・ジュリアンが爵位を継承した[1]。
