ロバート・ペン・ウォーレン
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ケンタッキー州ガスリーに生まれる。祖父は南北戦争の従軍者。ヴァンダービルト大学在学中に、ジョン・クロウ・ランサムやアレン・テートらとともに「逃亡者(フュージティブ)」を結成。ニュー・クリティシズムの基礎を築き、南部文芸復興運動の中心的な作家となる。カリフォルニア大学バークレー校、エール大学で学んだ後ににオックスフォード大学に留学し、ルイジアナ州立大学やエール大学などで教壇に立つ。盟友の批評家クリアンス・ブルックスとともに作った、「詩の理解」を始めとする文学教科書は大きな反響を得た[1]。
ルイジアナ州立大学在職中に、当時のルイジアナ州知事で急進的なポピュリズムで知られたヒューイ・ロングを参考にして『すべて王の臣(All the King's Men)』を執筆し、1947年にピューリッツァー賞 小説部門を受賞した。さらに1958年に『約束(Promises: Poems 1954-1956)』でピューリッツァー賞 詩部門を、1979年に『Now and Then』で2度目のピューリッツァー賞 詩部門を受賞した。1980年に大統領自由勲章、1987年に国民芸術勲章を受章。1986年頃にアメリカ合衆国初の議会図書館桂冠詩人に指名された。
映画化
- 『すべて王の民』は二度映画化されている。
