ロワー・ハット
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ロワー・ハット | |
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| 座標:南緯41度13分 東経174度55分 / 南緯41.217度 東経174.917度 | |
| 国 |
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| 地方 | ウェリントン地方 |
| 地方自治体 | Hutt City |
| 面積 | |
| • Territorial | 377 km2 |
| • 都市 | 135 km2 |
| 人口 (2018年6月)[1] | 105,900人 |
| • 密度 | 135人/km2 |
| • 都市部 | 105,200人 |
| • 都市部密度 | 780人/km2 |
| ウェブサイト |
huttcity |

ロワー・ハット (英語: Lower Hutt、マオリ語: Awakairangi)はニュージーランド北島ウェリントン地方にある都市。統計上はウェリントン都市圏に含まれる。
ニュージーランドの都市では7番目に人口が多く、10万5900人(2018年6月現在)である[1]。市域は377平方キロメートル (146 sq mi)[2]にわたり、ハット渓谷の低地一帯にあたる。また、都市の中心はウェリントン湾沿い135平方キロメートル (52 sq mi)に広がっている[3]。南にウェリントン、北にアッパー・ハットに隣接している。
ヨーロッパ人の到達以前は、ハット渓谷の大部分が森林に覆われ、ハット川河口付近は湿地帯であった。マオリ人はウェリントン湾岸沿いに居住していた。
ヨーロッパ人の移住は、1839年9月20日に「ニュージーランド会社 (New Zealand Company)」の先遣隊が帆船「トーリー (Tory) 号」に乗って到来したことで始まり、続いて150人の移住者が帆船「オーロラ (Aurora) 号」に乗って1840年1月22日にやってきた。ヨーロッパ人入植者はハット川河口付近に居住し、やがてニュージーランド初の新聞社や銀行を設立した。 市名はニュージーランド会社の創設者の一人かつ理事長のウィリアム・ハットの名による。しかし、1840年3月にハット川が氾濫し、入植者の大半は現在ウェリントンの中心地となっているソーンドンへと移った。
1846年に残った入植者らとマオリの間で紛争が起きた。(ハット渓谷紛争) 1855年のワイララパ地震により、渓谷の低地部分の沼が隆起し、沼地が土地となった。この時生じた断層は今も残っている。 1859年には、ニュージーランド初の常設灯台がペンキャローヘッドに建てられた[4]。 ウェリントンからの鉄道は1874年4月にローワー・ハット駅に到達し、2年後には北にあるローワー川西岸のSilverstreamまで延伸された。