バンドは結成後、エレクトラ・レコードと契約するが、デビュー・シングルのリリース直前にフロントマンのクリスピン・ハントが交通事故により3日間意識不明の重態に陥る。バンドの将来を重く見たレーベル側はバンドに50万ポンドを支払い、レコード契約を破棄した。
その後、クリスピンが快方に向かい、U2が新しく設立したレコード・レーベルであるマザー・レコードと契約したバンドは精力的にツアーを敢行。エコーベリーやスーパーグラス、レディオヘッドらのオープニングアクトを務めるなど徐々に名前が知られるようになり、1995年にはレディング・フェスティバルにも出演。翌年4月にデビュー・アルバムである『ザ・サン・イズ・オーフン・アウト』をリリースし、全英26位を記録。ブリットポップ全盛期ながらグランジからの影響が色濃いノイジーかつ叙情的なギターロックを展開した同作は賞賛され、『Q』誌や『メロディ・メイカー』らの年間50ベストに選出される。
1999年10月に3年半ぶりとなるセカンド・アルバム『モービルホーム』をリリースし、全英33位を記録。程なくドラマーのディー・ボイルがバンドを脱退し、マザー・レコードも2000年に倒産。バンドは解散を余儀なくされる。ギタリストのリチャード・ハーレイはパルプのツアーにサポートとして参加し、その後はソロのシンガーソングライターとして成功を収めている。
2013年にシングル曲とアルバム曲、B面曲等を収録したコンピレーション・アルバム『On and On: The Anthology』がリリースされるなど、解散後もファンからの根強い支持が窺える。