ロンドン橋計画

From Wikipedia, the free encyclopedia

ロンドン橋

ロンドン橋計画(ロンドンばしけいかく、: Operation London Bridge)は、エリザベス2世が死去した後にイギリスで執り行われる各種行事などの計画のことで、「ロンドン橋が落ちた」(London Bridge is Down)というコードネームでも知られる。具体的には、女王の死の公表、公式な服喪期間、国葬の詳細などがそこで検討されている。そのうちいくつかの重要な項目は女王自身が決定しているが、女王の死後にその後継者(息子のチャールズ3世)が決定するものもある。

2017年時点で「ロンドン橋が落ちた」というフレーズは、イギリス首相と主要関係者に女王の死を知らせ、計画の実行に入るために使われるものとされている。この計画が最初に練られたのは1960年代で、その後も毎年更新されており、様々な政府機関、イングランド国教会ロンドン警視庁イギリス軍、マスメディア、ザ・ロイヤル・パークス英語版ロンドン特別区グレーター・ロンドン・オーソリティーロンドン交通局といった様々な組織が関わっている。ガーディアン紙はその計画について、謎めきながらも極めて精緻なまでに寸分違わず立案されている、と報じている[1]

ロンドン橋計画というコード名は、主としてイギリス国内で実施される事柄を指している。しかしイギリスのみならず、エリザベス2世が女王として君臨するその他の英連邦王国の国々でも、女王の死後数日にわたって実施されるであろう計画について準備を進めてきた。それらもロンドン橋計画と並行して行なわれた。

2022年9月8日、エリザベス2世の崩御に伴い、王室と政府が「London Bridge is down」(ロンドン橋が落ちた)と伝え、計画が実行されることになった[2]

イギリス王室の葬儀と戴冠式は、一般的に軍務伯紋章院の官僚によって催される[3]。イギリス王室関係者の死と葬儀に関する計画を示すコードネームとして事前に何らかのフレーズを決めておくことは一般的に行なわれている。元々そうしたコードネームは、王室関係者の死が公に発表されるより前にバッキンガム宮殿の電話交換手がそれを知ってしまわないよう高官らが編み出した工夫だった[1][4]。1952年にジョージ6世が他界した時、政府高官には「ハイド・パーク・コーナー」というフレーズでそれが知らされた[1]

20世紀末から21世紀初頭にかけての王室関係者の葬儀に関するいくつかの計画のコードネームは、イギリスの有名な橋の名前にちなんでいる。「テイ橋計画」はエリザベス2世の母であるエリザベス・ボーズ=ライアンの死と葬儀を示すために使われたフレーズで、22年間にわたるリハーサルの末、2002年に実施されることになった[5]。1997年のダイアナ妃の葬儀もテイ橋計画をモデルにしている[1][5]。2022年3月時点で、「フォース橋計画英語版」は2021年に他界したエディンバラ公フィリップ[1]、「メナイ橋計画英語版」は国王チャールズ3世の葬儀計画を示す言葉となっており[6]、「ロンドン橋計画」がエリザベス2世の葬儀計画を指すものになっている[7][8]

計画

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI