ワイメア・ベイ
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歴史
ヘイアウの存在からも分かるように、この地は古代から先住ハワイ人の聖地の一つであったが、その詳しい歴史は知られていない。
ワイメア・ベイが記録に登場するのは1779年2月、イギリス海軍軍艦レゾリューション号が投錨した地としてである。レゾリューション号はもともとキャプテン・クックの艦隊の船であったが、この月クックがハワイ島で殺害されていた為、レゾリューション号を指揮していたのは後任のクラークであった。
1960年代にはこの一帯は知る人ぞ知る隠れたサーフィンの穴場であったが、アメリカ合衆国で巻き起こったサーフィン・ブームとともにサーファーが押し寄せるようになった。しかし無謀なサーファーが数多く水死した為、ホノルル郡当局はついに専任のライフガードを置くことを決定。この時に採用されたライフセーバーの一人がエディ・アイカウである。以後、エディ・アイカウは1978年の悲劇的な死の直前までワイメア・ベイのライフガードとして数多くの人命を救い、「ワイメア・ベイの王」と呼ばれた。
1980年代後半からはビッグウェーヴ・サーフィンの大会「クイックシルヴァー・イン・メモリー・オブ・エディ・アイカウ」の会場として使用されている。この大会は20フィート以上の大波が立った時にしか開催されないことから、「The Bay calls the day」(その日がいつなのかはベイが決めるのさ)と言われている[1]。
